想像よりも複雑だった人類の進化過程
『人類の起源』では、そんな古代DNA研究の最新成果をもとに人類の起源をたどっています。なお、ここでいう「古代」とはancientの和訳程度の意味で、扱うのは数十万〜数百年前を生きた人びとです。
これまで約20万年前にアフリカで生まれたとされてきた私たち現生人類(ホモ・サピエンス)ですが、もっとも近縁な人類であるネアンデルタール人のDNAを解析した結果、彼らの祖先と分かれたのは実は60万年ほど前だということが明らかになっています。
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスとのDNAの比較によって、両者が分岐のあとにも交雑を繰り返していたことも判明しました。それだけでなく、他の絶滅人類と交雑していたこともわかっています。ホモ・サピエンスの進化の道のりは、従来想像されていたよりもはるかに複雑なものだったのです。
進化を遂げた私たちの祖先は、アフリカを旅立ったあと世界各地にどのように広がり、定着していったのでしょうか。古代の人びとがどのように移動し、文化の形成に関わっていったのかについてはこれまで知る術がなく、ほとんど顧みられることはありませんでした。
人類はどのように世界に広がったのか
しかし、現代人のDNAデータの解析、そして古人骨に残るDNAとの比較研究によって、その実態がすこしずつ判明しつつあります。その旅程は、中東からヨーロッパや南アジアに向かい、東南アジアやオセアニアに広がり、次いで東アジア、南北アメリカ大陸にまでおよぶ壮大なものでした。
本書ではその道筋にしたがって、近年明らかになった成立の歴史を説明していきます。各章では、世界各地に拡散した人びとがどのように現代の地域集団を形成していったのか、時代を追ってそのシナリオを眺めてみたいと思います。本文中で取り上げるように、古代文明が誕生する直前のヨーロッパやインドでは、これまでの常識を覆すような集団の大きな遺伝的変化があったことが明らかになっています。
さらに、私たちが「民族」という言葉で括っている世界各地の集団が、DNAから見ると、まったく性質の違う集団の集まりだというケースもあることもわかってきました。