都市再生機構(UR)は新しいビジネス拠点の創出を目指し、「虎ノ門二丁目地区」再開発事業を推進してきた。今年2月には新しいビジネスタワーが完成。約16年にわたる大規模プロジェクトには三つのハードルがあった。それを乗り越えた秘訣とは。

「国際的ビジネス街」として超えるべき3つのハードル

東京都港区の虎ノ門二丁目地区は、虎ノ門ヒルズの西側に位置し、虎の門病院、国立印刷局、共同通信会館があるエリア。

現在の虎ノ門二丁目地区
現在の虎ノ門二丁目地区。左が、かつて国立印刷局があった土地に建つ虎の門病院。右の虎ノ門アルセアタワーは旧虎の門病院跡に建つ。

周辺は多くの外国企業が集まり、外国人居住者や大使館も多く、今後も国際的なビジネスエリアとして期待されている。「大規模施設の機能更新」「安全で快適な歩行者ネットワークの整備」といった地区の課題を解決するため、2009年に地権者による再開発協議会が発足。その後、都市再生機構(以下、UR)は再開発事業の施行要請を受け、「虎ノ門二丁目地区第一種市街地再開発事業」をスタートさせた。そして、約16年を経た今年2月14日、本事業のシンボルである「虎ノ門アルセアタワー」が完成を迎えた。

このプロジェクトには、越えるべき三つのハードルがあった。

第1のハードルは「病院の機能を止めることなく施設の更新を実現すること」。虎の門病院は都内有数の高度医療機関だ。そのためURには、病院機能を止めることなく、近接地での建て替え移転を実現するための計画立案・推進力が求められた。ただ、敷地面積にも、工期の面からも仮棟を建設する余裕はなく、プロジェクトの進行は難航を極めた。プロジェクトを担当するURの安藤健治氏はこう語る。

地図

「この課題を解決するため、隣接する敷地と一体的・段階的な更新を進めてきました。具体的には、まず国立印刷局の建物を解体して、そこに虎の門病院の新たな建物を造る。病院の機能が新たな建物に移行した段階で旧病院棟を解体し、そこに新たな業務棟(虎の門アルセアタワー)を造る。そして、その建物が完成したら、最後に共同通信会館を解体し、そこを大使館前広場として整備するという手順です。医療機能の移転をスケジュールに組み込んだ建設には、かつてURが手がけた『大手町連鎖型都市再生プロジェクト』の前例が役立ちました」

安藤 健治 (あんどう・けんじ)
安藤 健治 (あんどう・けんじ)
独立行政法人都市再生機構
東日本都市再生本部 都心業務部 担当課長

第2のハードルは、「都市の防災力強化」だ。この計画を検討している11年に東日本大震災が発生し、「地域の防災力向上」の重要性が再認識されることとなったのだ。都内有数のビジネスエリアである虎ノ門も、災害時には病人・けが人が多数発生することが想定されるため、トリアージ(傷病の緊急度や重症度に応じて治療の優先度を決めること)の機能と空間が必要となる。また、帰宅困難者があふれることも想定される。地域の防災性向上とともに再開発事業を成立させるため、事業を構築する力と関係者の意向を取りまとめる調整力が求められた。

「都市再生特別地区を活用し、都市再生への貢献項目の一つとして、『災害時における都内最高レベルの災害時治療・収容拠点の整備』を行政に提案しました。高度医療機関である虎の門病院との一体的な開発であることを生かし、虎の門病院と虎ノ門アルセアタワーを連携させ、災害対応機能を拡張し、都内最高レベルの約1万4000平方メートルの災害時治療・収容拠点を整備するプランを作成したのです」

具体的には、災害時に虎の門病院のピロティ等約1500平方メートルのスペースを、トリアージのためのスペースとして転用。虎の門病院には重症者・中症者約600人の受け入れ機能を確保し、軽症者や帰宅困難者については、虎ノ門アルセアタワーのエントランスホールやカンファレンス施設などを活用して、約1500人を受け入れできる機能を確保している。

「また、災害時に停電になった場合には、非常用発電機とコージェネレーションシステムが作動して電力を供給します。万一、ガスが断絶した場合でも、オイルタンクにより168時間、約7日間は非常電力を供給することが可能となっています。さらに虎ノ門アルセアタワーの屋上には防災ヘリポートを整備していますから、災害時にはヘリで傷病者を受け入れ、非常用エレベーターで地上へ搬送できるような仕組みも整備しています」

開発ポイント

そして第3のハードルは、「人流の大規模な増加に対応する」ことだ。近年、虎ノ門エリアでは同時多発的に再開発プロジェクトが進行しており、街を訪れる人々の爆発的増加が見込まれていた。この地区は、外堀通り、桜田通り、六本木通りなどの幹線道路や、虎ノ門駅、虎ノ門ヒルズ駅、溜池山王駅にも近接する、交通利便性に優れた場所に位置している。

しかしその一方で、高低差があり、広い幹線道路を横断しなければならないなど、歩行者ネットワーク上の課題があった。解決には、道路管理者をはじめとする関係者との綿密な協議調整が求められた。

「課題解決にあたっては、開発区域外まで整備の手を広げ、虎ノ門二丁目再開発エリアを結節点として、歩道の拡幅や歩行者デッキの整備などを行うことで、虎ノ門駅方面、虎ノ門ヒルズ駅方面、溜池山王駅方面、オークラ東京方面を相互に移動できる、安全で快適な歩行者ネットワークの形成を図りました。また、周辺道路を拡幅し、アメリカ大使館前の交差点を改良することによって、周辺の自動車交通の円滑化も図りました」

今後は、緑道や広場を整備することによって、周辺街区と連携した約4500平方メートルの緑地空間を生み出し、環境負荷の低減に寄与する予定だ。

プロジェクト成否の鍵は「思い」の共有とチームワーク

この事業が完了するのは、5年後の30年度。事業開始から数えると約20年の長期にわたり整備が続くことになる。このような大規模プロジェクトを推進していくにあたっては、どのようなリーダーシップが求められるのだろうか。安藤氏はその秘訣を、密なコミュニケーションによる「思い」の共有とチームワークと語る。

「私は首都圏以外でも徳島や広島でまちづくり・再開発のプロジェクトに携わってきましたが、どのプロジェクトにおいても最も大切なのは、関係者の皆さまとの『思い』の共有とチームワークだと思います。再開発協議会が発足してから都市計画の提案まで約5年を要しています。丁寧な話し合いにより、関係者の皆さまが同じ目標を共有できたこと。そして、その目標に向かい、チームとして一丸となって取り組んだことがこのプロジェクトの実現に至った一番の要因だと思います」

安藤 健治 (あんどう・けんじ)

さらに安藤氏は、社内コミュニケーションの重要性も強調する。

「URの職員には、プロジェクトを立案する計画部隊、外部との協議を担当する部隊のほか、工事を担当する人たち、設計をする人たちなど、さまざまな役割があります。プロジェクト推進にあたっては予期せぬ課題に直面することもありますが、全員がゴールを共有していれば、議論しながら解決に向かって立ち向かっていくことができます。そのためには、日頃からの密なコミュニケーションを通じて、『組織としての総合力を紡いでいく』ことが何より大切だと感じています」

アルセアタワーの「アルセア」は、タチアオイの学名に由来し、江戸時代、この地域にタチアオイが群生していたことにちなんだ名称だという。国際的なビジネス街に再生した虎ノ門二丁目地区は、どんな未来をもたらしてくれるのだろうか。