「片づけ本」の黒船来航
2000年9月、アメリカのクラター・コンサルタントのミシェル・パソフさんによる『「困ったガラクタ」とのつきあい方 ミラクル生活整理法』が翻訳刊行されます。パソフさんが名乗るクラター・コンサルタントの「クラター」とは、「ガラクタ」のことです。やましたひでこさんが名乗り、また使うクラターという言葉が使われ始めたのは、おそらくこのあたりにルーツがあると考えられます。
パソフさんはあるとき、自らが成長したと感じると、「いつも身のまわりをきれいに片づけるクセがある」ことに気づきます。そこで逆に、「先に身のまわりを整理して、人間として成長するかさぐろう」と試みた結果、「効果抜群」であったというのです。つまり人生の変化があってから整理をするのではなく、逆に整理を先に行うことで人生が変わるのかどうかを実験してみたというわけです。それからすぐ彼女は、「人生のお荷物から解放されて元気になる!(Lighten Up! Free Yourself from Clutter 引用者注:原著タイトルはこの社名と同様)」社を立ち上げることになります。1991年のことでした(13-14p)。
同書では、「即席の整理術や解決策は扱わない」と述べられます。そういったものでは、「心の奥底の願いはかなえられない」ためです。同書はその代わりに、「あなたの目に触れる環境が、生活整理と同時進行であなたのこやしとなるように、身のまわりのモノたちとの関係を変えてしまう方法を提案する」といいます。「関係が変わると、人生を妨げるものがなくなり、運を引きつけ」るというのです(14-15p)。これはやましたさんの「自分とモノとの関係性」を結び直すという考えを先取りするものだといえます。また、次のようにも述べられます。
「持ち物を点検していくうちに自分がほんとうにやりたいことがあぶり出される。生活整理という旅は、自分は何者で、どんな人生を望んでいるか知ることである。そのためにどうするか具体的に指南するのが本書なのだ」(15p)
持ち物を点検するという整理のプロセスにおいて「ほんとうにやりたいこと」が見つかり、また「自分は何者」か、「どんな人生」を望むのかが分かる。より具体的には、以下のような技法が示されています。持ち物を「生き方に合わせて点検」し、「気分がよくなるもの」、「生活を快適にするもの」、「人生の質を高めてくれるもの」をそばに置き、そうでないものは捨てる(27p)。「ひとりきりになる時間をひねり出し」、「身辺に雑多なモノがなければ日々の暮らしはどんなさまか書き出す」、それに向けての「長期ならびに短期の目標を定め」、そこから持ち物の整理の方針を定める(33-34p)。理想の暮らしが見えてこない場合は、雑誌の頁をめくって気になった箇所を抜き出しまとめる「コラージュ・エクササイズ」によって、「自分の胸の奥深くに隠れている意識」をあぶり出す(35-37p)。さらに、「黙想エクササイズ」で「自分の理想のあり方」を出来るだけ明確にイメージする(37-45p)。
もはやこれは掃除・片づけという域を超えているようにも思えますが、おそらくそうです。パソフさん自身、「生活を整理する旅のなかで、あなたはなにものにも汚されていないもっともピュアな場所、すなわち自分の魂にまでたどり着いたことと思う」(181p)とも述べているように、掃除・片づけがそれら自体に留まらない営みだということには自覚的です。整理のための整理ではなく自己成長のための整理。モノとの関係性を組み直すという考え。自己発見ツールとしての掃除・片づけ。「手帳術」にも見られたような(しかし、それよりも数年早い)将来目標の作業化。パソフさんの著作で、近年の掃除・片づけ本との距離はぐっと縮まった、というより、ここがルーツのひとつになっているのではないかと考えられます。
同じく2000年の10月には、アメリカの「家庭経営学」コンサルタントのデニース・スコフィールドさんによる『少しの手間できれいに暮らす あなたを変える77の生活整理術』が翻訳刊行され、また翌2001年には、翻訳書ではありませんが、アメリカ在住の作家・アントラム栢木(かやき)利美さんによる『モノを減らして二度と散らかさない! アメリカ流知的家事79の方法』という著作が刊行されています。
これらの「アメリカ流」の家事を扱う著作には、非常に重要な、注目すべき新傾向がみられると私は考えています。それは以下のような言及に表われているものです。
「言い訳はあなたの足を引っ張り、夢の実現をはばむだけです。わたしが生活整理を上手にやろうと努力するのは、自由な時間を得て、山ほどあるやりたいことをするためなのです。(中略)効率よく家事ができるほど、好きなことをする時間が増えるのです」(『少しの手間できれいに暮らす』4p)
「家事を、少し『頭を使って』するだけで、あなたの時間は、どんどん増え、あなたが持っていた夢や計画が、いずれは実現するようになります」(『アメリカ流知的家事79の方法』2p)
特に注目すべき点はないと思われたでしょうか。私が気になるのは、家事が「夢」と結びつけて論じられていることです。これまでの家事に関する著作の目的は、基本的には家事は家事、それをスムーズに行うことにありました。先に紹介した飯田さんの著作では、「自由な時間」の創出が加わっていましたが、それとて「自由な時間」それ自体の創出が目的であり、そこで何をするかは特に問題とされていませんでした。しかし同書では、家事をこなしてできた自由な時間が、「夢の実現」「やりたいこと」「好きなこと」のために使われる時間とされているようにみえます。
ここに新たな考え方が示されていると私はみます。もはや自由時間はそれ自体の創出が歓ばれるものではなく、夢の実現、やりたいこと、好きなことといった目的を持たせられるようになっています。先のパソフさんの場合も、一人の時間を今後の計画立案や理想の明確化のために使うことが推奨されていました。また前テーマ「手帳術」で紹介した、藤沢優月さんの『夢をかなえる人の手帳術』でも、自分ひとりの時間は何よりもまず夢の実現、やりたいことのために使われるべきだとされていました。自由時間が空白であることを許されず、何らかの目的——端的には「夢」に向かうこと——を持たせられるようになったということ。少し深読みし過ぎているのかもしれませんが、このような時間をめぐる感覚の細かな違いも、近年の、日常生活を自己啓発の素材にしようとする傾向の底流にあるのではないかと私は考えています。
これに関連して、夢をかなえる手法についてもみておきたいと思います。原著刊行が1994年、翻訳刊行が2000年であるスコフィールドさんの著作には、手帳の使い方に関する箇所がありました。そこでは、「いつかやること」のリストから「今日やること」を導き出す、「今日やること」のなかに「今日の目標」、つまり「本当に意味のあること」「自分にとって意味のあること」を書き込む、といった技法が示されていました(62-70p)。これは前テーマの「手帳術」においては、2002年から2005年になって大々的に示されるようになった技法なのですが、既に似たような技法は、家事に関する著作で先に登場していたのです。夢をかなえる手法の系譜は、もう少し奥深く追跡していかねばならないのかもしれません。
以降の著作は省略しますが、数多ある掃除、片づけ、整理、収納そして家事に関する著作のなかに少しずつ、それらと人生や夢を結びつける——そこにはかつて飯田さんがもっていたような「気恥かしさ」はない——著作が、2000年あたりから刊行されるようになったといえるように思います。ベストセラーとなったかどうかはともかく、考え方のルーツは既にある程度出揃っていたのです。
ただ、近年の掃除・片づけ本のベストセラーと見比べてみると、まだいくつかパーツが足りません。つまり、近年のベストセラーに至る系譜はまだ描き切れていないのです。足りない点は、大きなものとしては2点あります。まず、近年のベストセラーが特に片づけ、より端的には捨てることを押し出していますが、今回扱ってきた家事や整理収納に関する書籍からはその傾向を見出すことはできません。捨てることはあくまでも家事や整理の一局面としてのみ扱われているのです。また、舛田さん(と一部やましたさん)にみられるような、スピリチュアルなものとの結びつきもまた、今回扱ってきた書籍からは見出すことができません。次回はこうした、まだ出揃っていないパーツと、掃除・片づけ本の周辺動向を追いながら、今週みてきたプロセスの補完をしたいと思います。
『生き方が変わる 女の整理収納の法則』
飯田 久恵/太陽企画出版/1995年
『続 暮し上手の家事ノート』
町田 貞子/三笠書房/1995年
『少しの手間できれいに暮らす』
デニース・スコフィールド/PHP研究所/2000年