「頼れるのは自分だけ」自己責任論がきっかけ
「私たちは『自己啓発書を読んで、自分を変えなければいけない』という圧力にさらされている気がします。だとしたら、それは一体なぜでしょうか」
こんな問いを編集部から投げかけられて、その理由を考えてみました。
まず自己啓発書とは何かという定義が難しいのですが、ここでは「何らかの意味で自分を変えたり、高めたりする本であり、そういう内容が明示されている本」だとしておきましょう。
自己啓発書が非常によく読まれるようになったのは2000年代から。それまでも読まれていましたが、01年に小泉純一郎政権が誕生すると、「小さな政府」による新自由主義政策にのっとった規制緩和などが行われるようになります。それと同時に人々の間では、「生活に困っても、国がなんとかしてくれると思ってはいけない。頼れるのは自分だけ」という自己責任論が主流になっていきました。
08年になるとリーマンショックが起き、さらに不況が深刻化します。「自分のキャリアは自分でなんとかしなければいけない」「勉強すれば年収は10倍になる」などと説く勝間和代の本がよく売れたのは、ちょうどこの頃です。以来、自己啓発書やビジネス書を読む習慣は、働く人々の間である程度、定着したといっていいでしょう。
例えば、過去20年の厚生労働省の「能力開発基本調査」を見ると、正社員の4〜5割が、常に何らかの自己啓発的な行動をしています。具体的にはeラーニングなのか、勉強会なのかはわかりませんが、自己啓発書を読むことはその一部だと考えられます。
さらに近年は「リスキリング」が政策課題として取り上げられたり、「AIによって仕事がなくなる」という予測が出たりして、「圧力」はさらに強まっている向きもあります。書店に行けば、「アート思考が大事だ」とか、「教養を身に付けよう」などといった本が並び、新しく学ぶべきことが次々に提案され、自分を変えるための「観点」がどんどん増えている。このように外堀が埋められていくと、「自分を変えよう、自己啓発書を読もう」と考えるようになっても無理はないでしょう。
明治から巻き起こった「成功ブーム」とは
この自己啓発書のルーツをたどると、サミュエル・スマイルズの『Self-Help(自助論)』(当時は『西国立志編』というタイトル)という近代日本の最初のベストセラーの一冊が挙げられます。この本は明治から大正にかけて、「成功ブーム」を巻き起こしました。近代化が起こって、いわゆる立身出世を果たせる社会状況が訪れた。そんな中、刻苦勉励すれば成功できると説いたのが人々に受け入れられた理由でしょう。
そして戦後、カッパ・ブックスなどの実用書や経済書ブームが訪れます。当時の勉強ブームは創造的発想を促すというよりは、知識を詰め込む勉強・記憶術などが中心でした。松下幸之助が「会社の中で地道に努力して、日々、誠実にコツコツがんばっていこう」というような内容のベストセラーをたくさん書いたのもこの頃です。
1970年代に入ると、高度経済成長が終わり、それまで経済誌で論じられていた「いまの日本の経済がどうなっているか」「日本の国際政治がどうなっているか」などの大局論ではなく、職場で働く人々の心理を考えようとする傾向が生まれてきます。「労働の人間化」が叫ばれていたころで、「社内環境をガチガチの仕組みで固めるのではなく、人間疎外をなくし、人間らしくいられる職場にしよう」といったことが考えられるようになったのです。
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