「人生」に踏み込まなかった頃
管見の限りでは、掃除等と人生を結びつけようとする言及は、1986年に刊行された、家事評論家・町田貞子さんの『続 暮し上手の家事ノート』で既にみることができます。同書の「はじめに」には次のようにあります。
「『整理』は人間だけに与えられた能力ではないでしょうか。考えてみますと、この世の中は整理から成り立っているといっても過言ではないと思います。(中略)家の中をみまわしても、整理なしには生活することはできません。台所道具や衣類、掃除用具などの整理、収納はもちろんですが、台所仕事や掃除自体が整理にほかならないと思います。家中にちらばっているちり、埃の整理が、ほかならぬ掃除というわけです。(中略)日々の生活を営むことは、とりもなおさず時間の整理であり、命の整理そのものだと思います」(10p)
これは、生活はすべて整理だとして、整理という営みをより広い文脈から捉え直そうとする言及だといえます。しかし、やはり整理は整理であって、整理によって人生が変わるとまでは述べられていません。整理のために行われる日々の生活の記録もまた、「自然に生活のパターンが見えてきて、季節の先取り仕事がわかり、生活に予定を立てることができる」ために有意義だと述べられています(12p)。整理は家事をよりスムーズに行うため、日常生活の見通しをよくするためであって、それ以上の目的はないのです。同書ではこの後ひたすら、春夏秋冬の家事についての細々としたエッセイが綴られていますが、これが家事に関する書籍の一般的な形態なのでした。家事は家事、というわけです。
1993年のアメニティ・アドバイザー近藤典子さんによる『らくらく収納術』の副題は「性格別、アイデアとノウハウ」でした。収納と性格、つまり収納と心が結びつけられるようになっていることがわかります。しかしまだ、収納によって性格が変わるとは語られておらず、ましてや人生が変わり、夢がかなうという着想はその兆しすらみえません。近年のベストセラーとはまだ大きな距離があるといえます。
ただ、同書では「モノの処分が苦手な」、「ため込みタイプ」の収納方法として、「いらないモノを処分する」というコツが示されています。ここで注目すべきは、「自分にとって『いる・いらない』を判断できるようになることが大切なのです。そのためには判断の基準が必要」という、後の片づけ本で出てくる「捨てる基準」への言及が既にみられることです(14-15p)。しかしこれもまた、たとえばやましたひでこさんが述べるように、片づけることで「本当の自分を知ることができ」(『新・片づけ術 断捨離』25p)るとまでは語られません。あくまでも、より収納を進めるために基準を設けよう、収納は収納、ということなのです。
同じく1993年、作家・生活評論家の永田美穂さんによる『片づけ上手は生き方上手 すっきり明るい整理術』では、タイトルにもあるように片づけと生き方が同列に論じられています。同書の序章には「幸せのための整理術」ともあります。しかし、いかなる意味で片づけ上手は生き方上手なのか、何が幸せのための整理術なのかが説明されることはありません。あえて関連する言及を探せば、「何とかして見かけもよく、能率もよく片付けたいと模索し、苦悩し、試行錯誤している普通の家庭人こそ、本当に整理のノウハウを必要としている人なのだ」(24p)というところから、能率よく片付けることが幸せ、つまり整理をうまく行うこと自体が幸せだと解釈できるかどうか。いずれにしても、整理は整理以上のものではなかったと考えられます。