人生を変える転機があったのは、大学1年の夏休み。実家に戻っていた中村さんはその日、たまたま見ていたテレビで信じられない光景を目にする。アメリカ同時多発テロ事件「9.11」だ。
「ニューヨークが大変なことになっている……」
流されるように生き、平穏な毎日を送っていた中村青年はその日、生まれて初めて心をかき乱される。
幼い頃かわいがってもらった地元の先輩がニューヨークに住んでいることは知っていた。国際電話で連絡を取ると、先輩は無事だった。
本との出会い…ニューヨークでの1カ月半で起きた変化
2002年2月、19歳の中村青年はニューヨークにいた。9.11後、厳戒態勢が敷かれたニューヨークまでの航空チケットは1万円台と格安。事件後に連絡をとった先輩のアパートに1カ月半ほど滞在することにしたのだ。
中村さんは出発前にニューヨーク特集をしていた雑誌『BRUTUS』を読んで現地に思いを馳せた。その『BRUTUS』の写真を撮影したカメラマンが、先輩とルームシェアをしていた人物だと知ったのは、現地に到着してからのこと。雑誌の向こう側だと思っていた世界が、自分と地続きに感じられた瞬間だった。
先輩は他にも、ライターや画家など、現地でクリエイティブな仕事をする日本人を何人も紹介してくれた。確かに自分と同じ世界に生きていた彼らはしかし、同時に自分とはまったく違って見えた。
「周りに流されてふわふわと生きてきた自分と違って、その人達は自分で考えて自分で人生をつくっていたんです。強い憧れのような気持ちが生まれました」
彼らと生活を共にした中村青年は、ふとあることに気がつく。
「みんな本を読んで興味関心を広げたり深堀りしたりしながら、自分の人生を切り開いていたんです。今考えると不思議なんですが、本を読み出す前の自分は物心がついていないような感覚なんです。それまでの価値観がガラガラと崩れ落ちました」
NYのクリエイターたちのように生きたい
滞在していた先輩のアパートの本棚には、小説、ノンフィクション、物理やアート、哲学など、幅広い分野の本が並んでいた。
本を読んでこなかった自分が強烈に恥ずかしくなった中村青年が「自分も読んでみよう」と借りたのは、村上龍の小説。それまで「自分とは関係ない」と思い込んでいた本の中には、自分と重なるストーリーが広がっていた。
東京に戻ってからも、中村さんはニューヨークから帰国したカメラマンやその仲間との交流を続ける。彼らからの声掛けで、個展やクラブイベントの手伝いをするようになり、それまで受け身だった学生生活が一変した。
当時流行っていた『ウイニングイレブン』というサッカーゲームをみんなでプレイすると、活躍するクリエイターたちと対等でいられるような気がした。「ウイイレ」だけではなく思考も彼らに追いつきたくて、中村さんは貪るように本を読む。常に背伸びをしているような高揚感が心地よかった。
ニューヨーク訪問から1年後の春休み、中村さんはある決心を携えて実家に帰省する。
卒業に必要な単位がまったく足りなかったため、大学を辞めようと考えたのだ。辞めたあとのことは考えてはいなかったが、憧れるクリエイターたちのように生きたいという思いだけがあった。