「出品した本が売れたあとにAmazonから送られてきた自動メールが、『これから先も生きていいですよ』っていうパスポートみたいに感じたんです。自分が社会の中でやっていいことが見つかって、嬉しかったですね」

中村さんの頭には、引きこもりながら読んでいたジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』があった。仕入れたものを出品して売るというごくシンプルなサイクルは、自分の力で結果をもたらしたことを実感するために、当時の中村さんにとってとても重要なことだったという。

せどりに出会って「これしかない」と思えた

そこからは、水を得た魚のように古本を売った。古物商許可をとり、手持ちの本がなくなるとブックオフで売れそうな本を買い付けた。10時の開店と同時にブックオフに入店し、本棚の端から端まで舐め回すように査定をしながら、閉店まで居座る毎日。買い付けの後は出品と購入者への発送作業を深夜に行い、朝になったら再びブックオフへ……。自分がやっている転売行為に「せどり」という名前がついていたことを知ったのも、ブックオフのせどり仲間からだ。

「社会に入り込めない辛さがあって死の淵を彷徨っている状態だったからこそ、せどりに出会って『これしかない』って思えたのかもしれません。そこまで落ち込む前のタイミングだったら、もしかしたら家にあった本を何冊か売って終わってたかも……」

当時は日本にAmazonが入ってきたばかりで、ユーザー数に対して供給が追いつかず、出したものがぽんぽん売れていった。1カ月目は10万円程度だった売り上げが2カ月目には60万円になり、手元に30万円が残ると、母に電話をした。

「もう仕送りはいらないよ」

それは、中村さんがずっと言いたかった一言だった。

経済的に自立できていないうしろめたさを感じていた中村さんにとって、同年代の初任給を超える30万円という額は重要な意味を持っていた。

バリューブックス・ラボに並ぶ本
筆者撮影
バリューブックス・ラボに並ぶ本

周りの目は気にならなくなった

せどりの売り上げは伸び続けた。一番の理由は「とにかく時間をかけたこと」だと中村さんは振り返る。

「みんな効率よくやろうとする中で、僕は人より長い時間を使ったんです。ずっとやっているうちに、本のタイトルや売れ筋なんかも頭に入って、スピードも上がりました。他の人が1日に1時間使って5万円稼ぐなら、僕は10時間使って50万円稼ごう、という発想です」

ようやく社会とつながれたことが楽しくて仕方がなかった中村さんは、毎日18時間働いた。

「自分の実感として何が楽しくて何が嫌かっていうのは、点を打つように実際にひとつずつやってみないと分からなかった。いろいろやってみた結果、自分にやれることは、とにかくしつこくやるってことくらいだったんです。自分が持ってる能力の中でこれだったら勝てるって思ったんですよね」