「大企業ばかりが賃上げしている」の誤解
このデータをみると、名目時給が最も上昇しているのはパート労働者である。2013年の1067円から2023年には1318円まで上昇している(10年間の増加率:23.6%)。
次に賃金が上昇しているのは一般労働者でかつ非正規雇用者になる。2013年の1316円から2023年には1539円に増えた(同:16.9%)。
そして、最も賃金が上がっていないのが正規雇用者である。正規雇用者は2013年の2370円から2023年に2537円までしか上がっていない(同:7.0%)。
昨今の春闘においては、大企業の正規雇用者や都市部の労働者が賃金上昇の恩恵を受けていると言われているが、もう少し長期的な目線でデータを丁寧にみていくと、むしろ逆の傾向が見て取れるのである。
非正規雇用者から先に賃金が上がっているのはなぜだろうか。それは非正規雇用の領域ほど労働市場の需給が賃金にダイレクトに影響を及ぼすからである。
自社都合で働かせる企業は見向きもされない
日本の労働市場においては、正規雇用者、契約社員や派遣社員、パート・アルバイトの労働者でそれぞれマーケットの特性は大きく異なっている。そして、正規雇用者よりも契約社員や派遣社員の方が、また契約社員や派遣社員よりもパート労働者の方が労働市場の需給に対して感応度が高い市場となっている。
つまり、労働市場の需給が緩んだときに真っ先に雇用を調整されるのが非正規雇用者であるのと同時に、労働市場の需給がひっ迫したときに先行して賃金が上がるのが非正規雇用者なのである。
労働市場の需給が緩ければ、企業は労働市場から安い労働力を大量に確保することができる。一方、需給がひっ迫した状態にあれば、労働者としてはほかにも求人がいくらでもあるわけだから、企業の都合で働かせるような求人には見向きもせず、より条件の良い求人に応募することになる。こうした労働市場のメカニズムの中で賃金は定まることになる。
非正規雇用者と正規雇用者の賃金格差は、企業側の従業員の雇用形態の選択にも影響を及ぼす。正規雇用者の賃金上昇や社会保険の適用拡大によって、正規・非正規間の格差が小さくなれば、非正規雇用者の人件費が高騰することになり、企業としては従業員を非正規雇用の形態で雇うメリットが少なくなる。
そうなれば非正規雇用の従業員を正規転換するなどして、企業としても戦略的に正社員を増やしにいくことになるはずだ。