物価が上昇する中、日本人の賃金は実質的に減り続けていると言われている。リクルートワークス研究所研究員の坂本貴志さんは「賃金を比較するときは、年収ではなく時給で考えるべきだ。日本人の労働時間が大幅に減っているため収入が上がっていないように思えるが、実は時給水準は上昇している」という――。

※本稿は、坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。

ビジネスの成長を生み出す働く男性のイメージ
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年収は430万円→369万円に減少

日本人の賃金が安すぎるという認識が近年広がっている。しかし、賃金を国際比較する際にはその時々の為替の影響などを避けることができず、日本人の賃金が本当に安すぎるのかを検証することは実は難しい。

また、少子高齢化に伴う社会保険料負担の増加や、国際商品市況の価格上昇による国民所得の漏出など、日本人の賃金が抑制されてきた原因は企業側だけに求められるわけでもない。

しかし、労働市場の需給がこれまでの賃金の動向に確かに影響を与えてきたことも事実だ。そして、その構造は近年明らかに変化している。

図表1は、厚生労働省の「毎月勤労統計調査」から実質の年収水準の推移を示したグラフであるが、これをみると確かに、2020年基準の実質の年収水準は1996年に430.5万円でピークをつけた後、2023年には369.5万円へと長期的に低下している。

これは国際比較をしても同様である。年収水準を国際比較してみると、イタリアを除けば日本以外にこんなにも長期にわたって年収水準が上昇していない国は見当たらない。

年収ではなく時給で考えるべき理由

しかし、まずそもそも賃金は年収水準で比較をすべきだろうか。たとえば、1990年代当時、働く人は壮年そうねん期の男性がほとんどだったとみられる。しかし、近年では女性や定年後のシニアなど短い時間で働く人は著しく増えている。あるいは、現代においては新入社員であっても過去のように長時間残業をしてまで働く人は少ない。

これは賃金をどう定義するかという問題であるが、経済の基調を見たいのであれば、基本的には単位労働当たりの賃金、つまり時給で考えるべきだ。

たとえば労働者側の視点に立ったとき、年収が2倍になったとしても、それに伴い年間の労働時間が2倍になっていれば時給では同額である。これを喜ぶ人は少ない。

逆に企業側とすれば、従業員の年収水準を2倍に引き上げなくてはならなかったとしても、2倍働いてくれるのであれば経営的にはそれで問題はない。一方で、従業員の時給が2倍になれば企業の経営は危機的な状況に追いこまれるだろう。