実質自給は2221円から2347円まで回復

時給水準をみても、過去日本人の賃金は長期にわたって低迷してきたことが確認できる。実質時給は1997年に2288円まで大きく上昇したあと、2015年の2225円まではほぼ横ばい圏内で推移してきた。

バブル崩壊後は、雇用・設備・債務の3つの過剰が指摘されるなど、日本経済はバブル期に拡大しすぎた生産能力の調整に迫られた。労働市場に目を向ければ、労働力のプールが豊富に存在するなかで、有効需要は不足して、日本の労働市場の需給は緩んだ状態が続き、賃金上昇圧力も長く高まらない状態が続いてきた。

そうした意味では、この時期にやはり労働の価格が安い状態に抑制されてきたという側面はあったのだと考えられる。そして、労働市場の需給の緩みと時給水準の低迷は物価の基調にも大きな影響を与え、日本経済はデフレーションの時代を長く経験することになる。

こうしたなか、グラフからは賃金の基調が近年変化しつつあることもうかがえる。上昇基調に転じ始めたのは2010年代半ばだ。実質時給は2014年に2221円で底をついたあとじりじりと上昇していき、2020年には2347円まで緩やかに伸びていて、年収とは逆の傾斜を描いていた。

足元では、円安進行による輸入物価上昇などからまた実質賃金は低下基調に転じているが、現下の円安は日本銀行の大規模金融緩和や海外要因による影響が大きく、外生的で短期的な側面も強いと考えられる。

年収が上がらないのは労働時間が原因

名目の時給水準をみると、労働市場の局面変化がより鮮やかに浮かび上がる。先のグラフには名目の時給水準も掲載しているが、名目時給は2012年の2138円を底に単調に上昇を続けている。2023年には2418円と、この10年間で12.2%の増加となった。

このグラフからも賃金について、1990年代半ばから2010年代前半までの期間と、2010年代半ばから現在に至るまでの期間とでは明らかに局面が変わっていることがわかる。賃金は長い低迷期から脱出し、上昇基調に転じているのである。

近年、時給が上昇しているのは、年収が微増にとどまる一方、労働時間が大幅に減ってきたからだ。同じく10年前と直近の数値を比較すると、年間総実労働時間は1753時間から1653時間へと大きく減っている。つまり時給が上がっているのに、収入が上がっていないという認識が生まれるのは、労働時間が大幅に減っているからだといえる。

時給上昇という果実を労働時間の縮減に使うか、年収の増加に使うかという意思決定はあくまで働く人それぞれの選択である。より短い時間でそれなりの報酬を得たいという人が増えたから、現在のような労働時間の減少を伴う賃金上昇が起きているのである。