老後資金は本当に2000万円が必要なのか。民間信用調査会社・帝国データバンク情報統括部の著書『帝国データバンクの経済に強くなる「数字」の読み方』(三笠書房)から、「老後2000万円問題」の落とし穴を紹介する――。
厚生労働省 国民年金
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「老後2000万円不足」はどう算出されたのか

2019年、金融庁が公表した報告書をめぐり「老後2000万円不足」問題が大きな話題となったことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。さまざまなメディアが「老後資金に2000万円不足」などと取り上げたことで、年金不安とからみ、いわゆる炎上状態の様相を呈していました。

この2000万円不足という金額の根拠は、総務省「家計調査」に記載の「高齢夫婦無職世帯の家計収支」がベースとなっています。2017年の毎月の実収入額(20.9万円)と実支出額(26.4万円)を比較して、その差額(5.5万円)を“毎月の赤字額”と捉えて、金融資産から30年で約1963万円を取り崩すことが必要になる、というものでした(図表1)。

しかしながら、こうした議論には次のような問題があります。

一、家計調査の平均支出額は「老後の生活に必要な額」とは関係がない
二、平均収入と平均支出の差額には「不足」という意味合いはない
三、金融資産について議論する時、平均値は適切な指標ではないケースが多い。むしろ中央値や最頻値を用いることが重要となる

2400万円の貯蓄のある高齢世帯が月26.4万円を支出しているだけ

この平均支出額は、“2017年の高齢夫婦無職世帯は平均すると月26.4万円使うことができる収入と蓄えがある”ということを意味しているだけです。高齢無職世帯の経済力の差は、主に資産額の差に依存します。多くの資産をもつ世帯が非常に多くの支出を行うと、平均値は世間一般的な値から大きく引き上げられてしまうでしょう。実際に、家計調査では貯蓄額も調査されています。

これをみると、高齢夫婦無職世帯は平均2484万円の貯蓄を有しています。したがって、2017年に平均して約21万円の収入と2400万円超の貯蓄のある高齢夫婦無職世帯は、1カ月で平均26.4万円を支出している、ということを表わしているに過ぎないのです。