秦の始皇帝の天下統一には、どのような勝算があったのか。映画『キングダム』の中国史監修を務めた学習院大学名誉教授・鶴間和幸さんは「戦術にも算数が必要であったことを史実は示している」という――。
※本稿は、鶴間和幸『始皇帝の戦争と将軍たち 秦の中華統一を支えた近臣集団』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
六国を制裁できたのは霊のおかげ
秦王が天下を統一して皇帝号の採用の議論をさせたときに、かれ自身こう回顧している。
「寡人(徳の少ない人という謙譲の自称)は眇眇たる身(小さな身)でありながら兵を興して(六国の)暴乱を誅する(制裁する)ことができたのは(秦の)宗廟の霊のおかげであり、六王はみな罪に服して天下は大いに平定された」
秦王の頼りにした宗廟とは、歴代の秦公(諸侯)と秦王の位牌を置いて祭祀する場所であり、このときは古都雍城と咸陽に分散して置かれていた。
中国古代では、宗廟は軍事・外交と関係が深い。春秋時代、将軍は廟(宗廟)で命令を受け、社(社稷)で祭肉を受けた。
墓から発掘された象牙の算木
『孫子 計篇』に見える「廟算」ということばは、戦争の前に先祖の廟の前で戦闘の勝算を謀ることであり、これが実戦の勝敗を大きく左右した。廟策、廟謀、廟略ともいう。
廟算も勝算も、同じ系統のことばである。私たちにとっては勝算ということばの方が慣れており、「勝算のない戦争」や「勝算のない試合」といったように用いている。
宗廟は戦争の前には命を受け、後に戦果を報告する場所であったから、実際に戦争を算段する空間があったのであろう。そして廟算の算はまさに算木を使った算数計算をいい、戦術にも算数が必要であったことを示している。
近年になって秦王嬴政の祖母、荘襄王の実母の夏太后の墓が発掘され、そこから白色(一本)と紅白(二九本)と紅黒(二八本)に彩色された象牙製の算木が出土している。紅白は正数、紅黒は負数を表していると考えられており、複雑な算数計算のために必要な工具であった。