※本稿は、日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。
「1、2、3」は「一、二、三」だけど…
回答=戸内俊介(日本大学文理学部中国語中国文化学科教授)
漢字の「一」「二」「三」はその文字が意味する数と横線の本数が対応しています。
このような文字化のプロセスを「数え上げ形式」と呼びます。一方、4は「四」と書き、数え上げ形式ではありません。それでは、なぜ4は4本線で書かれないのでしょうか。
実はかつて4を4本線で書いていた時代がありました(以下、4本線の4を「●」と表記します)。図表1をご覧ください。
※●=横線を縦に4本
目下のところ最古のまとまった漢字資料である殷代の甲骨文(紀元前13世紀~紀元前11世紀)では、4本の横線を縦に重ねた「●」で4を表していました。次の西周時代(紀元前11世紀~紀元前8世紀)の主たる漢字資料は青銅器に文字を鋳込んだ「金文」ですが、そこでも4は4本線の「●」で書かれます。
「四」は次の春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀)になって初めて現れます。「四」はもともと鼻水が鼻から流れ出ている様子を象った象形文字に由来し(図表2)、現在の「泗」に相当する文字であったと考えられます(※1)。「四(泗)」は甲骨文では4を表すことはありませんでしたが、春秋時代以降、4を表す語と発音が同じであったことから、4を表す文字に転用されました(ある語に対し、その語と発音が同じまたは近い文字を当てる表記を「仮借」と呼びます)。春秋時代の金文では「●」と「四」が併用されていました。
※1 劉洪濤『形体特点対古文字考釈重要性研究』、商務印書館、2019年
この状況は戦国時代(紀元前5世紀~紀元前221年)まで続きます。「楚簡」と呼ばれる、戦国時代の楚で書かれた竹簡でも「●」と「四」が共存しています。



