※本稿は、日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス新書)の一部を再編集したものです。
書き順に「絶対的なルール」はない
回答=田中郁也(日本漢字能力検定協会漢字文化研究所主任研究員)
学校で漢字を習うときには「左」は横画から「右」は縦画から書く、というように必ず筆順もあわせて指導されます。
近年では一般社会にもかなり広く知られるようになりましたが、実のところ、筆順というものは一つに固定された絶対的な規範があるわけではありません。それでもなお学校で筆順を教えているのは、やはり筆順指導がもたらす教育的効果が高いからだと考えられます。
この点については、私自身にも強く実感させられた出来事がありました。7歳になる息子は、筆順はもちろん、字の大きさや中心線もまるで意識せず、「形さえ合っていればいいだろう」と言わんばかりに、小言にも耳を貸そうとしませんでした。そこで一緒に空書をしながら、とにかく筆順だけは守らせて漢字を書かせてみたところ、漢字に限らず、文字全体についても形の整った字を書くようになったのです。
小学校低学年での筆順指導には、漢字の習得だけにとどまらない大きな効果があるのだということを、まさに実感した瞬間でした。
60年以上前に作られた『手びき』が事実上の標準
本題に戻りましょう。先に述べた通り、漢字の筆順は公式に一つに定められているわけではありません。日常で用いる漢字の目安である常用漢字(2025年現在2136字)については、その字形や読み方に関して、国が拠るべき明確な基準を設けています。しかし、書き順については特段の取り決めがなく、統一された規範は存在しません。
習得すべき筆順が掲載されている小・中学校の教科書についても、教科書検定基準には「漢字の筆順は、原則として一般に通用している常識的なものによっており、行書で筆順が異なる字については、適切な説明を加えていること。」という一文があるのみです。
ところが、実際に検定に合格した教科書の筆順を確認してみると、いずれも文部省編『筆順指導の手びき』(1958年)に示された筆順と同一になっています。実質的には、この60年以上前に作成された『手びき』が、現代の学校教育における筆順の基準として機能しているわけです。
すなわち、形式上は公式な唯一の基準ではないものの、『手びき』に示された筆順が、実際には学校で教えられる筆順として事実上の標準となっている、というのが現状なのです。

