「自分の流派の筆順を認めないなら切腹する」
その原案作成の過程がいかに困難であったかについては、読売新聞社の取材をもとにまとめられた『日本語の現場』(1975年)に詳しく紹介されています。
文部省の担当者は、当初「正しい筆順」が自明に存在すると考え、有識者を集めて会議を開いたものの、実際には意見の対立が噴出しました。中には「自分の流派の筆順を認めないなら切腹する」と大臣室の前に座り込んだ書家までいたと記されています。
このようにして、紆余曲折を経て作られた『手びき』は、刊行から60年以上を経た今日においても、学校教育の現場で実質的な指導の基準として用いられ続けているのです。
唯一の正解とする必要はない
もっとも、『手びき』の中ではっきりと書かれている通り、これは唯一の筆順を定めようとしたものではありません。また『手びき』には、図表1に挙げたように「(イ)も(ロ)も行われる」などと両方の筆順を載せるものもあります。筆順は時代によっても変わったようで、明・梅膺祚の字書『字彙』(1615年)首巻冒頭「運筆」の欄には、「川」は先に真ん中の縦画から書く、「州」は先に川を書いてから三点を打つなど、現代の一般的な筆順とは大きく異なる書き方が載っています。
つまり、『手びき』は学校教育を円滑にするための目安としては重要ですが、社会全体で唯一の正解として固定化する必要はありません。筆順には時代や書き手の違いによる幅もあります。その多様さを知りつつ、互いに必要以上に矯正し合わない、そんな柔らかな向き合い方が求められているのではないでしょうか。
※文部省(1958)『筆順指導の手びき』
※読売新聞社(1975)『日本語の現場』



