世界初の活版印刷を発明したのはグーテンベルクではない。それ以前に中国や朝鮮で発明されていたが、世界に広がることはなかった。この違いはどこにあるのか。『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)より一部を紹介する――。(第1回)

※本稿は、Rootport『人類を変えた7つの発明史 火からAIまで技術革新と歩んだホモ・サピエンスの20万年』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

印刷という「産業」を発明する

じつを言えば、世界初の活版印刷を発明したのはグーテンベルクではありません。

ファイストスの円盤はすでに紹介した通りです。また、1040年代に中国・北宋で、粘土とにかわで作られた「膠泥こうでい活字」が発明されました。さらに朝鮮では1230年に銅製の活字が発明されました。

これら東洋の活版印刷は、組版の上に紙を載せてこするという木版同様の印刷方法だったため、能率は悪かっただろうと推測されます。また、膠泥活字はその素材ゆえに強度に問題を抱えていました。朝鮮の銅製活字はもっぱら王室に独占され、民間での商用は許されませんでした。

グーテンベルクの偉大さがどこにあるかと言えば、やはり「印刷を事業として成り立たせたこと」に尽きると私は思います。これは①技術の改良と、②商売の仕組み作りという2つの側面に分けられます。

15世紀の「枯れた技術の水平思考」

技術の面では、グーテンベルクは競合製品である「手書きの写本」に勝負を挑む必要がありました。これは単に、美しいフォントや、正確な植字・校正が必要だっただけではありません。

羽根ペンで文字を書く人
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ヨーロッパの製紙業は11世紀のスペインに始まり、13~14世紀頃には北イタリアが重要な産地になりました。イタリア人たちは紙を改良し、ヨーロッパで普及している羽根ペンとインクに適した丈夫なものへと変えました。

このヨーロッパ式の紙を、グーテンベルクは攻略せねばなりませんでした。綺麗に紙に染み込むインクの改良と、紙をプレスする工程の発明が必要だったのです。プレスの圧力で可動活字が潰れないよう、合金の開発も必要でした。

金属製の活字は、ヨーロッパでは13世紀頃から写本の背表紙などに文字を打つ目的で作られていました。印刷物をプレスする機械は、ワイン用のブドウ圧搾機にヒントを得て設計されました。これらの逸話を聞くと、私は「枯れた技術の水平思考」という言葉を思い浮かべずにはいられません。

いずれにせよグーテンベルクはこれらの技術的課題を見事に乗り越え、手書きの写本に負けない――それどころか、既存の写本よりも美しい書籍の印刷に成功したのです。