ドリル操作のミスで出血 都内で起きた悲惨な事故
歯科治療は生命に直結しないと軽視されがちです。たしかに虫歯そのものが直接の死因になる例はほとんど聞きません。しかし、案外多いのは、歯科の治療を受けたことで起きる医療過誤や事故。時には事故によって深刻な健康被害を受けたり、後遺障害が残る場合もあります。
たとえば、インプラント手術で顔面に麻痺が残ってしまったケースがあります。2022年に大津地裁で判決が出た事例では、歯科医院にCT設備がなく、レントゲンのみで診断して手術を強行した結果、下顎の神経をドリルで傷つけてしまいました。裁判所は、設備投資を怠り古い手法に固執した歯科医の過失を明確に認めています。
過去には死亡事故が起きたこともあります。2007年に東京で起きたこの事件では、インプラントの穴を掘る際のドリル操作のミスにより、患者の下顎の動脈を損傷させてしまいました。ところが、担当した歯科医は適切な止血処置をせず、異変に気づかないまま患者を帰宅させてしまったのです。その結果、患者は自宅で出血による窒息を起こし、命を落としました。医師の一瞬のミスや慢心が取り返しのつかない最悪の結末を招くこともあるという、非常にショッキングな事件でした。歯科医は業務上過失致死罪で有罪となっています。
歯科治療で度々トラブルが起きることは、訴訟の件数にも表れています。医事関係訴訟の件数を診療科別にみると、2024年は歯科が第2位で93件にのぼっています。年によって変動はあるものの、近年はずっと2〜4位と上位です。
なぜ歯科で訴訟に発展するトラブルが後を絶たないのか。一つは、歯科治療はミスの結果を実感しやすいという点が挙げられます。私は医療訴訟をいろいろと取り扱ってきましたが、診療科によって多少の温度差を感じます。たとえば内科の症状や治療は目に見えづらく、素人からはブラックボックス。治療して亡くなっても、「ガイドラインどおりやった」と言われると、医療の知識がなければそれ以上は突っ込めません。それに対して、歯科治療は施術の成否が、鏡で見たり舌で触れたりすることで簡単に確認できます。専門技術はブラックボックスでも、失敗したという結果だけはわかりやすい。
わかりやすさという点では、脳外科や心臓外科といった外科手術も同じかもしれません。ただ、脳や心臓などの外科手術は大がかりで、患者や家族は失敗するリスクをある程度は織り込んでいます。たとえば股関節の回転骨切術に失敗して下半身麻痺になるとか、アブレーションでカテーテルを入れたら心臓を突き破ってしまったとしても、稀にそういうことが起きると覚悟をして手術を受けるわけです。
歯科治療では、患者が治療のリスクをそこまで認識していません。その結果、健康被害が起きたときに「聞いていた話と違う」と愕然としてしまう。
患者にとって歯科治療は身近なものです。実際、美容室に行く感覚で気軽に審美治療を受ける人も少なくありません。美容室で美容師に間違って耳を切られることはまずありませんが、歯科医院で間違った治療をされることは起こりえる。そして、そのリスクは患者が考えている以上に高い。まずはそのリスクを認識しなくてはいけません。
ただし、患者側の認識に甘さがあるからといって歯科医側が免責されるわけではありません。患者がリスクを正しく認識していないのは、むしろ歯科医側の説明が足りなかったことが原因であるケースが少なくありません。たとえば歯の矯正は、失敗するとかみ合わせが悪くなって顎関節症になるリスクがありますが、歯科医はそれをどこまできちんと説明したのか。私がかかわったトラブルでは一切説明されていませんでした。
もっと身近な場面でもそうです。歯石を除去するときに「歯茎から出血するおそれがありますが、同意しますか」と確認されることはまずありません。もちろんどの診療科も完璧ではないのですが、歯科はインフォームド・コンセントの意識がとりわけ緩いことは否めない。いずれにしても、歯科医側、患者側の双方の認識の甘さがトラブルの多さにつながっているというのが私の実感です。
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