東京・渋谷で大規模再開発が続いている。東横線の地上駅や桜丘町の古い街並みは姿を消し、「世界都市化」が進む一方、センター街の入り口にある老舗「大盛堂書店」はいまも変わらず営業を続けている。実はこの書店は、天才作家・三島由紀夫と深い縁を持つ。ジャーナリストの末並俊司さんがリポートする――。
三島由紀夫(1968年10月撮影)
写真=時事通信フォト
三島由紀夫(1968年10月撮影)

今も昔も「よそ者」だと感じさせる場所

時代の波に洗われながら変貌を遂げる東京都渋谷。駅前のスクランブル交差点を見つめ続けてきた「大盛堂書店」は、ただの書店ではない。あまり知られてはいないが、同書店は昭和文学の巨星、三島由紀夫とその自決に深く関わっている。

戦後の混沌から高度経済成長期を経て、現代へと至る日本の文化の変遷、そして一人の天才作家の精神の軌跡を、変わり続ける渋谷と変わらない大盛堂書店の姿から読み解いていこうと思う。

私が学生のころだから、もう30年も前のこと。渋谷はちょっと怖い街だった。センター街を歩くと、ごついエンジニアブーツにインディゴブルーのジーンズを合わせたチーマーたちがたむろしていた。北九州の田舎から出てきた私にとって、都会育ちの彼らは新しいタイプの不良だった。都会のど真ん中で、そんな連中を眺めながら、自分自身がよそ者であることを強烈に感じた。

それから長い時間が流れ、都会の生活にも慣れてきたつもりだが、今でも渋谷の街に立つと、やっぱり自分がよそ者だと感じる。

かまぼこ屋根で思い出す「東口の象徴」

30年前の渋谷駅東口を象徴していたのは、かまぼこ屋根が特徴の東急東横線地上駅舎だった。改札を抜けるとすぐに街の喧騒があり、地上3階を営団地下鉄(現メトロ)銀座線が横切る風景が日常だった。

それが今や、地上230メートルの超高層ビル「渋谷スクランブルスクエア」がその跡地にそびえている。かつて地上の顔だった東横線は地下5階に追いやられ、代わりに人々は屋上展望台「SHIBUYA SKY」から、かつて見上げていた空を眼下に見下ろしている。

かつてのかまぼこ屋根がモチーフとされる渡り廊下
筆者撮影
かつてのかまぼこ屋根がモチーフとされる渡り廊下
渋谷スクランブルスクエア
筆者撮影
「渋谷スクランブルスクエア」