静岡県の要請を真っ向から否定できなかった
2019年夏、JR東海の「全量戻し」の約束を根拠に、川勝知事は「水一滴も県外流出は許可できない」「県境付近の工事中に県外流出する湧水すべてを戻せ」と主張した。
つまり、静岡県の「水一滴」でも山梨県に引っ張られる可能性があるから、JR東海は山梨県内のリニア工事をどこで止めるか決めろ、というのだ。
この文書を受け取ったJR東海は困惑した。
10月31日に開かれた地質構造・水資源専門部会で、JR東海は「静岡県境へ向けた山梨県内の工事をどの場所で止めるのか」の議論を避けた。
「現在、静岡県境約920m地点まで山梨県内の掘削工事が進んでおり、その約100m先端部分まで水の発生などは確認されていない。締め固まった地質で安定している。断層帯は静岡県境の西側にあるので、県境まで掘り進めていく」などと、予定通り調査ボーリングを続けることを説明した。
理論上、トンネル掘削することで高圧の力が掛かり、トンネルに向けて地下水を引っ張ることはありうる。だから、JR東海も静岡県の要請を頭から否定できなかった。
地下水に「誰のもの」という議論はない
しかし、そもそも山梨県内の工事に、静岡県の行政権限は及ばない。
日本地下水学会によれば、県境付近に限らず、地中深くの地下水は絶えず動き、地下水脈がどのように流れているのかわからない、という。
県境付近の地下水に静岡県のものも山梨県のものもない。それなのに、「静岡県の地下水圏」があるとして、県境付近の地下水の所有権を主張したのである。
山梨県の掘削ストップの要求に強く反応したのは、長崎知事だった。「山梨県の話をするのに、知事にひと言もないのは遺憾だ」と遠回しながら、怒りの声を上げた。
川勝知事は、10月26日静岡市で開かれた関東地方知事会議で、長崎知事に直接、「あいさつ」した。それで、長崎知事も一定の理解を示していた。