幻想のエンゲージメント
マーケティングの世界で「エンゲージメント」という言葉は完全に定着した感がある。企業と顧客が信頼や共感などの関係性を築くべきという考え方は確かにその通りであるが、現実には刹那的な関係性の方が多いのも事実だろう。そうした中で多くのブランドにとって羨望のまなざしを集めるのは例えば「ハーレダビットソン」というブランドだ。
一言でいえば、ハーレダビットソンはユーザーにとって人生そのものである。ハーレーに乗るために長期休暇がとれる会社を選び、自宅のかなりのスペースをバイクの格納庫にあてることを許してくれる奥さんと結婚する。まさにハーレーのために生きているといっても過言ではない顧客がたくさんいる。ここまでくればまさに顧客との結婚:エンゲージメントだ。同じように筆者も片足を突っ込んでいるかもしれないのが、信者と呼ばれる顧客を多数抱えるAppleだろう。用もないのにAppleストアについつい入ってしまい、新製品の発表の方が会社の人事発表よりも気になる人がたくさんいる。
しかし、我々が日常的に接する多くの商品にそこまでブランドへの信頼や共感などを意識して購入しているものばかりではない。むしろ、多くの商品の中でたまたま選ばれただけのことも多いだろう。これまでのCRMなどは顧客との関係性を1vs1で捉えることが多かったが、むしろ一人の顧客を取り囲む人間関係(イマドキに言えばソーシャルグラフ)やライフスタイルの中で自分の商品のポジションを知ることの方が大切なブランドの方が圧倒的に多いといえる。
例えば通販企業などはCRMが進んでいるので顧客の購買行動の分析は非常に進んでいるほうであるが、非常にケチケチな購買行動しか行わない人は「ケチな人」となってしまう。しかし、実際その人はそのブランドで倹約行動を行い、貯めたお金で豪華な旅行をしていたりすることもよくある。今やステレオタイプの消費行動を行う人のほうが珍しくなり、TPOに合わせて最適な購買行動を行う賢い消費者の実体を捉えるためには、1ブランドの購買行動では見えないことがたくさんある。