人生を楽しむために、住宅をローコストで

経済的余力の残し方については、奇遇にも湯山さんがその方法を指南している。『60歳で家を建てる』の4年前、2012年に出版された湯山さんの著書は『500万円で家を建てる!』(飛鳥新社)。当時40代半ばの湯山さんが、2軒目の自宅を破格のローコストで建てた体験記だ。

湯山さんは、住宅をローコストで建てる意義を「人生を楽しむため」と説明している。住居費の負担が少しでも軽くなれば、浮いたお金でできることの選択肢が増える。毎年海外旅行に行ってもいいし、クルマを買い替えてもいい。

子供の教育に投資してもいいし、自分が勉強してもいい。逆にいえば、住宅にお金をかけすぎて人生を楽しめていない人がたくさんいるんじゃないの? 湯山さんはそう問いかけている。

『500万円で家を建てる!』が出版されて1年くらい経ったある日のこと、私は湯山さんの事務所でこんなことをたずねた。

「この本を読んで家づくりの相談に来る人って、どういう人ですか?」

本音をいえば、常識外れな人が次々とやってきて事務所が大混乱に陥った、みたいなギャグマンガ風のエピソードを期待していた。だが、案に相違して湯山さんの答えはとても示唆に富むものだった。

「当初は500万円という金額に反応して、バーゲンセールに殺到するおばちゃんみたいな人たちが押し寄せてくるかと思っていたんです。でも、いざふたを開けてみると、いらっしゃるのはみな凜とした雰囲気の聡明そうめいな方ばかりでした。

とくに女性が多かったですね。高齢のお母さんと娘さんが、2人で暮らすための新居を建てたいと相談に来られたりして。どうしてこの本に興味を持たれたのですかとうかがうと、みなさん似たようなことをおっしゃいました。

『これからの長い人生を考えると、住宅にお金をかけすぎると経済的なバランスが崩れると思ったんです。本当に500万円くらいで家が建つのなら人生設計の幅も広がるだろうし、歳を取ってからやりたいことが出来ても、新しいことに躊躇なく踏み出せる余裕もあるだろうと考えまして……』。

経済的に困窮しているので安い家を建てたいという人は、1人もいらっしゃらないのが意外でした」

『500万円で家を建てる!』も、『60歳で家を建てる』も、共通するのは「もっと人生を楽しもう」という湯山さんの人生観だ。

30~60歳くらいまでは、経済的な余力を残しながらやりたいことに積極的にチャレンジして人生を楽しむ、60~90歳くらいまでは、住まいを最適なフォーメーションに組み直してもう一花咲かせる。

それが住まいと上手につき合いながら長い人生を楽しみ切る秘訣ひけつである――「500万円」と「60歳」はそういう意味なのだと私なりに解釈している。

住宅にお金をかけすぎないで軽やかに生きる

住宅はそのコントロールを誤ると、本来豊かなはずの人生の足かせともなる。60歳で家を建てるの是非はともかく、60歳の時点で身動きがとれなくなっている状態だけはなんとしても避けたい。

藤山和久『建築家は住まいの何を設計しているのか』(筑摩書房)
藤山和久『建築家は住まいの何を設計しているのか』(筑摩書房)

そのためには住宅にお金をかけすぎないで軽やかに生きる、というのも老後を楽しく送るためのアイデアの1つといえる。

私の知り合いには、家を建てない建築家が多い。本書に登場する建築家も3分の1はずっと借家暮らしだ。住宅に人生をしばられたくないという思いがそうさせているのかもしれない。

住宅にお金をかけすぎている施主とたくさん接してきた経験から、彼らの生き方を反面教師にしているのかもしれない。

これからの住まいは、良い材料を使って良い家を建てるだけが正解ではない。住宅会社は言わないだろうから、代わりに私が言っておく次第だ。

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