「意志の力」には満ち引きがある

研究者たちはいまだに、意志の力の仕組みを正確にはわかっていない。ごく最近まで、それは限りある資源だと考えられていた。タンク内のガソリンのように、意志はある時点で底を尽き、次の作業に使う分は残されていない(つまり、何時間も厄介な作業に集中したら、夜には意志の力が尽き果てて、もう誘惑に抵抗できない)と。

つい最近の調査によると、この説は正確ではない。「意志の力には限界がある」と自分に言い聞かせると、疲れを感じ始めた途端にあきらめる傾向が強くなるという。研究者の中には、意志の力を感情と同じようにとらえるとよい、と言う人もいる。つまり、満ち引きがあるのだ。意志の力が備わっているときもあるので、備わっているときには使うべきだけど、当てにはできない、ということ。

また、やる気は往々にして、行動したあとに生まれるものだ。努力の成果が見えるとわきやすいが、行動より先にわき出すことはまれなのだ。

スランプから抜け出したいと、これまでに何度、意志の力に頼ってきたことだろう?

ソファから立ち上がってジムに行きたいとき。

自分にふさわしくないとわかっている元パートナーにメールするのをやめたいとき。今やっているZoom会議よりずっと面白そうな画面上のタブを無視したいとき。

パートナーじゃない人の唇が自分の唇のすぐそばをさまよっていて、「やっちゃう?」と言ってしまいそうな状況で、その人から離れたいとき。そして、それがうまく行かないことが、一体何度あったことだろう?

スマホを持つ人のイメージ
写真=iStock.com/Engin Ozber
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ワインの誘惑が飲酒のきっかけに

とはいえ、サムの場合は、意志の力だけに頼っていたわけではない。飲酒の根本的な原因に取り組み、賢く抜け目なく対策も取っていた。

目標達成の邪魔をする状況(ストレスを引き起こす状況)があると気づいて、きちんと対処していた。それでも、飲酒を引き起こすきっかけを根こそぎ排除してはいなかった……そして、そこに問題があった。

計画を誰にも伝えていないから、一緒に暮らしている人たちは、ディナーテーブルを囲んでワインを手渡しながら、サムを誘惑しているなんて思いもしなかっただろう。