なぜ健康に悪いとわかっていながら、飲酒や喫煙をやめられないのか。青森大学客員教授の竹林正樹さんは「目の前にある誘惑を優先する習性や、物事を楽観視する習性が影響している。行動経済学では、こうした習性を上手く制御して、人の行動を変える研究が進んでいる」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、竹林正樹『心のゾウを動かす方法』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

タバコ
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知識人でも「やめられない」ことがあった

日本が高度成長期の頃、「わかっちゃいるけど、やめられない」というフレーズが流行りました。これは人間の習性を的確に言い表しており、私の大好きな言葉です。野口英世は留学費用の大半を芸者遊びに使ってしまい、福沢諭吉も酒をやめられず、最後は「ビールは酒ではない」という言い訳までして、ビールを飲み続けました。日本を代表する知識人でも、わかっちゃいたけどやめられなかったことがあったようです。

時は流れ、社会も経済も大きく変わり、科学技術も大きく進歩しました。しかし、私たちは今でも正しいことを頭ではわかっているのに、なかなかその通りの行動ができません。人の本質はそんなに変わらないようです。

「玄関で靴を脱ぎっぱなしにする」「医療現場では特定の職員ばかりが残業をする」「消毒液を置いてあるのにほとんどの人が使わない」……。玄関では靴をそろえたほうが気分良く、医療従事者の残業が続くと医療事故に繋がり、手を消毒しないと感染症のリスクが高まることは、誰もが知っています。

人の直感は象のように制御が難しい

注意喚起の放送や張り紙をしても、あまり効果が見られません。個別に説得しようとすると、時間がかかる上に、喧嘩になることもあります。「違反したら罰金」とするにも、合意形成してルールを作るのに時間がかかりますし、違反者がいないかを見張るのも大変で、違反した人とトラブルになるかもしれません。人の行動を変えるというのは、実に難しいものです。

私も以前は親切心で周りの人に苦言を呈したら、相手が激怒することがあったので、「放っておくのが本人のため」と思っていたら、手遅れになることもありました。私はどうしてよいか途方に暮れ、もはや人付き合いを避けたほうがよいとさえ思ったこともありました。

しかし、米国の大学院で行動経済学と出合い、「人の直感は象のように大きくパワフルだが面倒くさがり屋な面があり、制御が難しい」ということを知った時から、私のコミュニケーションのあり方は大きく変わりました。