米国保健福祉長官は「自然派」
今、アメリカで麻疹患者が急増中です。早くから「MMRワクチン(麻疹、風疹、おたふく風邪の3種混合ワクチン)」の2回接種を導入してきたアメリカは、早くも2000年に麻疹の根絶宣言をしました。ところが、2024年に285人、2025年は3月21日までに309人もの麻疹感染者が報告されて死亡者も出ています。異常事態です。
ところが、アメリカの保健福祉長官であるロバート・ケネディ・ジュニア氏は「めずらしいことではない。はしかの流行は毎年発生している」とコメントしました。これはひどい事実誤認で、アメリカで麻疹による死者が出たのは2015年以来で10年ぶり。感染者数も、この10年間で最大規模です。またヨーロッパや中央アジアでも麻疹感染者が増えていて、昨年は12万7000人を超え、1997年以降で最多となりました。ユニセフは集団感染が起きている国々に対して、ワクチンの集団接種を行うなどの緊急対応をするよう呼びかけているほどなのです(※1)。
このケネディ氏は以前から「反ワクチン論者」として有名であり、「自然であること」や「オーガニック」を好む人物として知られています。麻疹の治療に関しても、ケネディ氏は、ビタミンA、タラの肝油、ステロイド、抗菌薬のクラリスロマイシンが効果的だという発言をしました。これも間違いです。ビタミンAや、ビタミンAとDが豊富な肝油は、それぞれが欠乏している場合にだけ効果があります。抗菌薬はウイルスには効きません。ステロイドは炎症を抑える作用はあるものの対症療法です。
麻疹は感染力も死亡率も高く、大変恐ろしい感染症です。そのうえ対症療法しかありませんから、ワクチンで予防することが何より大切なのです。CNNは「はしか感染拡大、ケネディ米保健長官はワクチンではなくビタミンA重視 SNSの誤情報に懸念」というタイトルで記事を出し、懸念を表明しました(※2)。
※1 UNICEF「欧州・中央アジア、はしか感染急増、12万7350件と過去25年で最多 ユニセフら緊急対策を呼び掛け」
※2 CNN「はしか感染拡大、ケネディ米保健長官はワクチンではなくビタミンA重視 SNSの誤情報に懸念」
自然なもので手当てをしたい気持ち
コロナ禍を経験した私たちは、普通の風邪と違って自然治癒を待つだけでは命に関わる感染症があること、普段の生活の中で免疫力を上げて感染を防止することには限界があることを身をもって知りました。
それでも、子どもが体調不良に陥ったときに「できるだけ自然なもので手当てをしたい」「なるべく医療や薬には頼りたくない」という保護者は少なくありません。その気持ちもわかりますが、Instagram(インスタグラム)やX(エックス)などのSNS投稿を見ていると、例えば高熱が出た子どもにキャベツを帽子のようにかぶせるといいとか、発熱時に顔が赤くなるのは自然なことだから顔が青くなるまで家で様子を見て大丈夫などといった根拠不明な情報が多数出てきます。どれも医学的に正しくありません。
先日は、子どもの咳を鎮める方法として「アルミホイルを絆創膏で中指に巻く」「玉ネギの断面を嗅がせる」ことが紹介されているのを見ました。もちろん、効果はありません。それどころか前者の場合、特に小さい子はアルミ箔を誤飲する可能性があって危険です。後者の場合、ただでさえ咳が出ている子どもの目や鼻の粘膜を玉ネギの硫化アリルが刺激し、涙や鼻水がひどくなるのでやめてください。そのほか皮膚に食品を塗る方法もありましたが、アレルギーのリスクがあるのでよくありません。
SNSで知った方法を実践してみてもいいのですが、それは効果は不確かなものの害はなさそうな場合だけ。「自然」に見える治療法で害が出たり、医療機関にかかるのが遅れたりしたら、それは治療法ではなく、ただの「やってはいけないこと」です。