今、世界中で麻疹が流行している。小児科医の森戸やすみさんは「麻疹は感染力が高く、治療法がなく、免疫をリセットしてしまう恐ろしい感染症。世界中で流行している今、子どもも大人もワクチン接種歴を確認してほしい」という――。
麻疹ウイルス性疾患
写真=iStock.com/Natalya Maisheva
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6歳の子が麻疹による肺炎で死亡

先月のこの連載の冒頭で、今年2月に先進国であるアメリカにおいて、ワクチンで防ぐことのできる「麻疹」にかかった子どもが亡くなったという悲しい出来事をお伝えしました。その後の報道によると、この子はテキサス州の6歳で、両親の方針により「麻疹ワクチン」を接種していなかったとのこと。同じくワクチンを接種していない7歳と5歳、3歳、2歳の4人のきょうだいも麻疹にかかり、この子だけが麻疹の合併症である肺炎で亡くなったそうです。

子どもたちの両親は、一人の子を失ったあとも、アメリカの厚生長官であるロバート・F・ケネディ・ジュニア氏が設立したワクチン反対派の団体「Children’s Health Defense(CHD:チルドレンズ・ヘルス・ディフェンス)のインタビューにおいて、「ワクチンを接種しないで」「はしかは体によいものでウイルスが免疫系を強化する」などと間違った主張をしてニュースになりました(※1)。子どもを亡くしてさえ、根拠のないワクチン批判をしたのです。

私は、このニュースに大変なショックを受けました。麻疹ワクチンを接種していたら、この子は生きていることができたはずです。それにもかかわらず、両親が後悔せず、さらに「麻疹が体によい」と主張するのは信じられません。

※1 「はしかで亡くなった米6歳の子ども、両親がワクチンを接種させなかったことに『後悔はない』。肺炎を発症して死亡」(ハフポスト WORLD)

空気感染する麻疹の恐ろしい感染率

別名「はしか」とも呼ばれる麻疹は、「麻疹ウイルス」による感染症です。麻疹ウイルスは感染力が強く空気感染し、その再生産数(免疫を持たない人の集団において、1人の患者から平均何人に二次感染するか)は12〜18人。飛沫感染および接触感染する「季節性インフルエンザ」は1.3〜1.8人、「水ぼうそう」は8〜10人なので、すさまじいほどの感染力であることがわかると思います。

麻疹に感染すると、10日前後の潜伏期間を過ぎてから、発熱と風邪のような症状が出現。その後、いったん解熱してから再び高熱となり、口の中に皮疹が出たあと全身に赤い斑状の発疹が出ます。抗ウイルス薬はなく、解熱剤や去痰薬、水分の点滴や吸入といった対症療法しかありません。最新かつ適切な治療をしても、肺炎、中耳炎、クループ、脳炎を合併することがあり、1000人に1〜2人は亡くなります。特に肺炎と脳炎は、麻疹の二大死因です。さらに、いったん治っても数万人に1人は数年後にSSPE(亜急性硬化性全脳炎)という合併症を発症し、徐々に認知機能が低下していって亡くなります。治療法はありません。

このように恐ろしい麻疹ですが、「麻疹ワクチン」や「MR(麻疹・風疹)ワクチン」の予防効果は高く、集団の95%以上の人が接種していると、麻疹を排除した状態が維持できます。ワクチンを受ける年齢に達していない子どもや、免疫不全の病気や治療による免疫機能の低下があったりしてワクチンを受けられない人も守ることができるのです。でも、ワクチンを接種していない人が多いと、ウイルスが集団に入ってきたときに次々に広がっていきます。再生産数が高いので「集団免疫」が重要なのです。

【図表1】集団免疫