自分の都合の良いストーリーに騙されない
「喫煙は百害あって一利なし」といった指導は今でも続いています。ある自治体の保健師に「どうしてこのような指導をするのですか?」と単刀直入に聞いたところ、返ってきた答えは「粘り強くこの指導をした結果、禁煙した人を見てきたから」でした。これはもっともらしい説明ですが、指導に効果があったとは言い切れません。歳を重ねるにつれ、健康上の問題も増え、喫煙率が下がります。
65歳で禁煙した人を見た保健師の象は「私が長年、喫煙は百害あって一利なしと口を酸っぱくして言い続けてきたから!」という成功経験のエピソードとして認識します。これはその保健師にとっては美談ですが、「見せかけの効果」である可能性が含まれています。むしろ、この指導をしなければ、相手はストレスを感じずに済み、もっと早くに禁煙に成功したかもしれません。
大昔、嵐が続いて川が氾濫しそうになった時、川に生贄を投げ入れたら、雨が止んだ状況を考えてください。生贄を投げた後に雨が止んだのは事実ですが、生贄を投げた「から」雨が止んだわけではありません。
私たちは生贄制度を廃止する賢明さを身に着けました。でも、今でも私たちの心の象は、見たものを自分の都合の良いストーリーに仕立てる習性が残っているようです。私たちは十分賢くなったはずです。自分自身の習性を制御して、意味のない指導はもう終わりにしたいものです。
※1 厚生労働省.令和元年国民健康・栄養調査報告 第3部 生活習慣調査の結果.
※2 Lawless L, Drichoutis AC, Nayga RM. Time preferences and health behaviour: a review. Agricultural and Food Economics. 2013;1:1-19.
※3 阿部修士.より良い意思決定の実現に向けて:脳とこころの傾向と対策.日本健康教育学会誌.2018;26(4):404-410.
※4 Ida T, Goto R. Interdependency among addictive behaviours and time/risk preferences: Discrete choice model analysis of smoking, drinking, and gambling. Journal of Economic Psychology. 2009;30(4):608-621.
※5 Ferrer R, Klein W, Lerner J, Reyna V, Keltner D. Emotions and health decision making. Behavioral economics and public health. 2016:101-132.