※本稿は、宇田川勝司『気になる日本地理』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
カレーライスや肉うどんにも関西では牛肉
「肉じゃが」といえば家庭料理の定番、あるマーケティング会社が実施した「お袋の味ランキング」でも味噌汁やカレーライスを抑えて堂々の第1位は肉じゃがだった。
ところで、この肉じゃが、関東より北の地方では豚肉を使うのが一般的だが、西日本では圧倒的に牛肉が多く、豚肉を使う家庭はあまりない。
「“肉”って言ったとき、何の肉を思い浮かべますか?」。NHK放送文化研究所がそんな調査を行ったところ、関東では牛肉と答えた人が50%、豚肉と答えた人は44%だったが、関西では牛肉と答えた人が89%と圧倒的だった。
関東で肉といえば、牛肉や豚肉、鶏肉など肉全般を指すが、関西の人々にとって、肉は牛肉を意味する。肉じゃがに限らず、カレーライスや肉うどんにも関西では牛肉を使い、関東のようにこれらの料理に豚肉を使うことはまずない。
なお、関東の「肉まん」は関西では「豚まん」と呼ぶ。なぜなら「肉」イコール「牛肉」の関西では、牛肉を使っていないのに「肉まん」と呼ぶわけにはいかないのだ。その逆に「牛丼」は、牛肉を使っているのであえて牛丼とは呼んだりはせず、関西では今でも「肉丼」と呼ぶ店がある。牛丼という名称はあの吉野家が使い始めたそうだ。
かつては「西の牛、東の馬」だった
東西の肉の嗜好の違いは、1世帯あたりの年間消費量を調べた総務省の調査からもわかる。名古屋付近を境に、豚肉は東高西低、関東から東北・北海道と北上するほどこの傾向は顕著だ。
一方、牛肉は西高東低、関西地方の1世帯あたりの消費量は東日本の2~3倍もある。
このような東西での嗜好の違いはいったい何が要因だろうか。
昔は「西の牛、東の馬」といわれ、西日本では、農耕や運搬に用いるために和牛が多く飼われていた。明治初期、開港地として発展してきた神戸に居留していたイギリス人たちが、その和牛に注目し、自分たちで解体して食べるようになり、やがて日本人のあいだにも牛肉を食べる習慣が広まった。
牛肉を日本の伝統的な調理法で食べる「すき焼き」が誕生し、やがて神戸牛と呼ばれるブランド牛肉が確立すると、西日本各地で食用としての和牛生産がさかんになり、松阪牛、近江牛などの多くの銘柄牛が誕生した。
東日本では、冷涼な気候が苦手の和牛はほとんど飼育されず、畜力として用いられたのは馬だった。しかし、肉量の少ない馬は食用に適さず、明治以降、水田が少ない関東の畑作地帯では、サツマイモや麦を飼料とし、堆肥も採れる豚の飼育が広く普及する。
豚肉は牛肉に比べて安価なため、明治末にはトンカツやポークカレーをメニューに取り入れた洋食屋が東京ではやり、豚肉の需要が次第に高まった。大正年間には養豚ブームが巻き起こり、以後、東京周辺の農村地帯は一大養豚地帯として発展する。