否定をせず、ただ聞いていてほしい

「ホームページで見つけて、面白そうなので来てみました」――東京・神谷町のオフィス街のそばにある光明寺(浄土真宗本願寺派)本堂前のテラス。昼休みを迎えた女性たちが瀟洒なテーブルを囲んだり、木々をぼんやり見つめている中、ベンチでパソコンを開いていた女性は、来訪の理由を問うた筆者にそう応じてくれた。

「人間のできたお坊さんにお話を聞いてもらうだけでも、ありがたいかも」

梅上山光明寺 木原 健
(34歳)境内で開かれた音楽イベントへの参加が“縁”。悩みを抱え寺を訪ねる人々の役に立とうと、公務員志望から転換。法大社会学部卒。

2005年に設立されたこの「神谷町オープンテラス」は、オフィス街近隣にもかかわらず静かそのもの。週2回、無料でお茶や手作りの菓子を提供する(要予約)ほか、“3.11”直後の2011年春から来訪者の悩みに耳を傾けている(1日3組、1回50分、要予約)。

「恋愛相談を親にしたことはない。女友達や男性だと、怒り出したり、上から目線で『あなたが悪い』と結論付けるので後悔します」(同)。否定をせず、ただ聞いていてほしいと願う女性の相談相手は、意外と身近にはいない。

「お話をされるのは、近隣にお勤めの方が圧倒的。7対3で女性のほうが多いですね。多いのは35歳くらいですが、20代から70代まで幅広い」

ここの店長を務める同寺の僧侶、木原健氏(34歳)はそう説明する。転職や職場の人間関係、病気や肉親・友人との死別といった相談が主で、恋愛関連は今のところない。

ひっそりとした静けさと手作りのわらび餅が嬉しい。「我々としては『縁側』をイメージしています」(木原氏)。男性はたいてい1人で喫煙所へ、女性は友人と連れ立って訪れるという。

「相手の言われたことは決して否定せず、寄り添うようにさせていただくよう心がけています。口から出た言葉と、本当に言いたいことが異なる場合もあるので、どんな思いなのか、どんな方なのかに注意を向けつつ集中して聞いています」(木原氏)

守秘義務は徹底しているが、「耳だけでなく心を傾けて聞かせていただくことが大事」とその心がけを語る。

「3.11後、仏教に興味を持つ人、心を大切にし、自身の本当の心に耳を傾けよう、という感覚を持つ人がじわじわ増えていることを感じます」

と語る松本紹圭氏(33歳)はオープンテラスを立ち上げたメンバーの1人。男性が主な相談相手で、仕事の方向付けや、「今は順調だがこのままでいいのか」といった悩みが多いという。

梅上山光明寺 松本紹圭
(33歳)東大卒→僧侶という選択については、「いろいろ言われましたが、(3.11を経た)今だったら理解してもらいやすいのではないか」。

松本氏自身は東大文学部を卒業後、「一番やりたいこと」として自ら仏教を選択。ネット寺院「虚空山彼岸寺」を立ち上げた後、今後の寺と僧侶のビジョン・ミッションを模索すべく、まずインドの大学院でMBAを取得。帰国後は全国的に「未来の住職塾」を主宰するなど意欲的な試みを続けている。

「家単位で寺と関わる檀家制度は、地縁・血縁に基づいた人間関係を想定しています。が、今の世の中はそうした従来の縁のあり方が崩れ、別のくくり方で縁を結んでいます。お寺もそうした縁の受け皿をつくっていかなくては」

女性の相談を受けるのは、その試金石といったところか。こうした試みを続ける光明寺では、僧侶と親しくなり、転勤の際に挨拶に来る者も少なくないという。約800年の歴史を持つとされる古寺が、こうしてオフィス街に根付いているのは何とも不思議な光景だ。