日本映画界のプロ中のプロ

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科教授

楠木 建

1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

著者の笠原和夫は東映任侠路線映画の花形ライターだった。初期には『日本侠客伝』シリーズなどでヒットを連発、その後いったんヤクザ映画は下火になったものの、任侠モノを実録路線に転換した深作欣治監督の『仁義なき戦い』シリーズで、笠原は再び一世を風靡した。この「日本映画界のプロ中のプロ」として尊敬を集めた人物を僕が知ったのも、もちろん『仁義なき戦い』シリーズがきっかけだ(菅原文太や松方弘樹もイイが、僕が圧倒的にスキなのは、脇役で異様な存在感を発揮する成田三喜夫。あの眼光、あの声、シビれます!この人は数学を勉強しようと思って東大理学部に進学するのだが、「学風が合わない」という最高の理由で1年で中退。山形大学の文学部に浪人して入学するものの、ここも中退。俳優養成所を経て28歳でプロの俳優になる。この遍歴もまことに上品で興味深い。数々の名演で名を馳せた後、90年に55歳で死去。だれか成田三喜夫の評伝を書いてくれないだろうか。もう手遅れかもしれないが)。

笠原和夫は僕にとって「プロとは何か」のモデルである。彼に関する本でいちばん読みごたえがあるのは、『昭和の劇』(太田出版)だろう。600ページ以上の大著で、膨大な資料と濃厚な対談を通じて一流の人間のプロ意識がダイレクトに伝わってくる。とはいえ、4500円もする本なので、残念ながらマニア向け。

ということで、今回は笠原和夫初心者にお勧めの1冊、『映画はやくざなり』をとりあげる。この本の前半を読むだけでも、プロ意識の何たるかを十分に味わっていただけると思う。本書以外にも、笠原和夫の著書はどれも面白い。『映画はやくざなり』を気に入っていただけた方には、『破滅の美学』『「妖しの民」と生まれきて』(いずれもちくま文庫)の2冊をお勧めする(本人が書いたものではないが、小林信彦の例によって例のごとくの傑作芸論、『天才伝説 横山やすし』(文春文庫)も笠原のプロとしての凄みをよく伝えている)。