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[5]すぐ実行して、失敗するとすぐやめる人

標準化したシステムに乗せてフルスケールでぶん回していくという戦略ストーリーの強みは、失敗と成功の見極めが容易になるということにもある。少しずつ拡大していくという手法は、一見リスクがないようだが「もう少し待てばなんとなるのでは」「いやいや、ここからが本番」と自分に言い訳がきいてしまう。そして気づいたときにはだらだらと損を重ねている。そこまで続けてしまうと、埋没コストが大きくなり、これが心理的な退出障壁となり、失敗が泥沼化する。

楠木 建●一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授。1964年東京生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より現職。専攻は競争戦略とイノベーション。日本語の著書に、『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『知識とイノベーション』(共著、東洋経済新報社)、監訳書に『イノベーション5つの原則』(カーティス・R・カールソン他著、ダイヤモンド社) などがある。©Takaharu Shibuya

クロックの場合、ありとあらゆることをすぐに実行して試してみるのだが、システムに乗らないなと思ったら即、手を引く。早めに失敗すれば、そこから学んで再チャレンジできる。

なぜ実行に踏みきるのが難しいのか。それは失敗の基準がないからだ。事前に失敗の基準さえはっきりさせて、その基準に触った時点ですぐに手じまいにすれば、致命的な失敗にはならない。すでに触れたように、クロックは商品開発が大スキな人で、当然のことながら味覚の鋭さには自信をもっていた。しかし、あるとき「フラバーガー」なるものを考案して、大失敗している。2枚のスライスチーズと焼いたパイナップルをトーストしたパンに載せる、というものだ。なぜこれを売り出したかというと、「自分の大好物だったから」。フィレオフィッシュより成功すると確信していたが、たいして売れなかった。このときも、システムにうまく乗るだけの売り上げにならないことを確認すると、即座にひっこめている。これは後年までなにかと話題に出されてからかわれるほどの空振りだった。

クロックはほかにもいろいろやらかしており、「失敗について、おそらく一冊分の本がかけるだろう」と、いくつかエピソードを紹介している。高級ハンバーガーレストラン「レイモンズ」もそのひとつ。ビバリーヒルズとシカゴに出店したものの、高品質にこだわりすぎて「売れば売るほど破産する」ビジネスになってしまった。これも「システム化できなかったから失敗した」例である。いずれの失敗においても、失ったもの以上の教訓を得られた、失敗したけどやってよかった、と結んでいるのがクロックらしい。