[7]顧客視点の人

私生活ではこのように勝手きわまりないやんちゃな人なのだが、不思議なことに、レイ・クロックという人は、こと商売となるとまったく自己中心的ではなく、徹底的に顧客視点になる。彼の言葉でいえば「セールスマン魂」。これはペーパーカップを売っていた若い頃からたたき上げた経営哲学だ。

ペーパーカップのセールスマンだった当時の主要顧客はソーダ・ファウンテンだった。ソーダ・ファウンテンのオーナーたちは使い捨ての紙よりもグラスを洗って使うほうが安上がりだと考えていたので、クロックは何度も門前払いを食らう。しかし彼は、グラスを洗う作業が厄介で、熱湯を大量に使用するため、いつも店内が湯気に覆われて視界が極度に悪いということ見逃さなかった。ペーパーカップを使えばこれを解決できますよ、と売り込んだ。いまでいう「ソリューション」「提案型営業」である。

ソーダ・ファウンテンは、人々が冷たい飲み物を欲しない冬になると客足が落ちてくる。クロックは冬場になると無理やりペーパーカップを売ることは絶対しなかった。「私の仕事は、顧客の売上を伸ばすことで、顧客の利益を奪うことではない」。1924年、レイ・クロックがまだ22歳のころのエピソードである。

他人の妻に横恋慕の挙句に結婚してしまうような横紙破りの人なのに、顧客に対しては無理を通すことは絶対しない。まず客を儲けさる。その結果として自分が儲かる。これが20代の頃からクロックが厳守していた原理原則だ。

大手ドラッグストアチェーンのウォルグリーンに、ペーパーカップでドリンクのテイクアウトをやってはどうかと提案したとき、最初は店員に大反対された。店としては同じものを売っているのに余分にカップ代を払わなければならないからだ。クロックはそこで諦めず、一か月分のペーパーカップをタダで提供するから、ためしにやってみろとけしかけた。クロックの発案したウォルグリーンのテイクアウトビジネスは、面白いほど儲かった。その結果、ウォルグリーン本社と契約を結ぶまでになる。

こうした顧客視点は、マクドナルドのフランチャイジーについても向けられた。マクドナルドはフランチャイジーに対してサプライヤーを兼ねない。クロックの下した明確な意思決定である。なぜか。自分たちがサプライヤーになると、どうしてもその取引における自分の利益に目が向いてしまう。フランチャイジーのビジネスが二の次になる、それではパートナーとはいえない、というわけだ。

また、クロックは店にジュークボックスや自販機を置くのも禁じている。お金にならないお客が増えたり、店が不良の溜まり場になって店が荒れたり、自動販売機ビジネスに絡んでいて犯罪組織が無用のトラブルを起したりするのを避けたかったからだ。これもまたフランチャイズオーナーの商売を気にかけた顧客目線の判断だった。