日本では日焼け止めの定着に30年かかった
【神谷】日本では蚊に刺されそうなときだけ、虫よけスプレーを使ったりしますよね。しかし向こうは家のなかで蚊に刺されてしまうので、「防ぎたいけれど、ある程度刺されるのはもう仕方ない」という感覚がある。
タイの人たちにモスブロックセラムを使ってもらうにはどうすればいいか考えると、お風呂上りやシャワーのあとにボディローションを塗る習慣があることに着目して、その時にモスブロックセラムを使ってもらって蚊に刺されないための予防を習慣にしてもらうのが一番いいのではないかと思っています。
――だから啓発活動が大事なのですね。
【神谷】考えてみたら日本でも日やけ止めを日常的に塗るようになるまで、30年くらいかかっています。それまで日焼け止めというのは、夏、海に行ったときだけ塗るものでしたから。ですからモスブロックセラムも習慣にしてもらうまでは、けっこう長い道のりだと覚悟しています。
「蚊を殺さない」ところがポイント
【神谷】でもこの商品のすごいところは、薬剤などを使わずに、肌の表面を蚊が嫌がる状態にするという物理的な効果で蚊に刺されない状態をつくるところ。蚊も生き物なので進化します。例えば殺虫剤を使っていると、何割かは殺虫剤が効かない蚊が生まれて、そういう蚊だけが生き残っていく。ということはその子孫は殺虫剤が効かない。でも、殺虫剤で死なない蚊は出てきても、水の上に立てない蚊はおそらく生まれないでしょう。そんな蚊は卵を産めませんから。だからシリコーンオイルを配合したモスブロックセラムは虫よけとして効果を発揮し続けられるのです。
この仕事の成果が出るのは10年先か、20年先か。私が花王を定年になったあとかもしれませんが、長い目で取り組んでいきたいと思っています。
取材を終えて 桶谷功より
今回のインタビューで最も注目していたのは、この画期的な商品が、「蚊よけニーズからの発想」で開発されたのか、それとも「シリコーンで蚊よけという技術シーズ起点」で生まれたのか、という観点でした。
取材でわかったのは、ニーズとシーズ双方の「マッチング」が大事ということ。その機会をいかに、組織的かつ継続的につくり出し活用するか。花王では、研究発表会が、その役割を果たしています。研究者は、「自分の研究成果を使ってほしい、商品化されれば世の中の役に立つ」と発表する。一方、事業部のメンバーは、この研究発表の場を「宝の山」ととらえ、自分の担当している商品カテゴリーやブランドで活用できないか、を探る。
今回の場合、台湾で行われた研究発表会で「蚊の研究」を聞いて、当時インドネシア花王の社長だった西口徹氏(現取締役 専務執行役員)が、蚊の新しい忌避剤の可能性を感じ取った、つまり技術とニーズを結び付けたのは、この瞬間だったといえます。
新しい技術と市場ニーズをマッチングすることで、新たな事業の可能性を見いだす。経営陣はもちろんのこと、現場のマーケターも、目先の問題解決に追われるだけでなく、事業を革新できるような真の解決策を生み出す、大きな視野と発想力を持っていたいものです。