数百万円を払って、ヘリコプターから獣を撃つ。1600万円を払って、酸欠と極寒に身を置く。ゴルフとワインに飽きた一部の超富裕層がいま熱狂しているのは、「命を奪う」という耐えがたい現実と向き合う体験だ。なぜ、成功の頂点に立った人間ほど血生臭い遊びに惹き寄せられるのか。富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんが解説する――。
タジキスタンの山と雪
写真=iStock.com/1001slide
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ヘリコプターからシカを乱射する遊び

ニュージーランド南島、サザンアルプスの険しい山岳地帯。轟音を響かせて飛行するヘリコプターのドアが開かれる。冷たい風が機内に吹き込む中、迷彩服に身を包んだ男が眼下を凝視する。

ターゲットは、険しい崖に生息するヒマラヤタールやアカシカだ。ガイドの合図とともに、男はライフルのスコープをのぞき込む。そして、引き金に指をかけた――。

これは映画のワンシーンではない。今、世界の一部の超富裕層の間で密かなブームとなっている「ヘリコプター・ハンティング」の一幕だ。オーストラリアからニュージーランドにかけて、増えすぎた野生のシカを環境保護を目的に大量駆除するというもの。費用は驚くほど高額で、5日間のパッケージは約1万5000ドルから2万ドル(230万円~300万円)、ヘリコプター費用などを含めると総額で3万ドルから5万ドル(800万円)に達することもある。

誤解を恐れずに言えば、これは現代の富裕層が熱狂している「血生臭い遊び」である。

1600万円払って「酸欠と極寒」を買う富豪たち

ヘリコプターで空から獲物を狙うのが「全能感」の追求だとすれば、真逆のベクトルで富裕層を魅了しているのが、タジキスタンやキルギスといった中央アジアで行われる「高地山岳猟」だ。

ターゲットは、「幻の羊」とも呼ばれるマルコ・ポーロ・シープやアイベックス。彼らは標高4000mを超える断崖絶壁に生息している。ここには、快適なロッジも、移動を助けるヘリコプターもない。あるのは、酸素の薄い空気と、吹き荒れる寒風、そして粗末なテントだけだ。

費用は渡航費を含めると1回で6万ドルから10万ドル(1600万円)に達することもある。しかし、このツアーに参加する富裕層が絶えることはない。

彼らは、何日も風呂に入らず、馬の背に揺られ、高山病の頭痛に耐えながら道なき道を進む。そして、数百メートル先の豆粒のような獲物を、自身の足と肺と射撃技術だけで仕留めることに執着する。

普段、安楽な椅子に座り、指先一つで巨万の富を動かしている彼らにとって、この「肉体的な苦痛」と「原始的な達成感」は、金では買えない(実際には高額な金を出して買っているのだが)浄化作用をもたらす。「世界で最も到達困難な場所にいる生物」を制圧したという事実は、彼らの支配欲と征服欲を、ビジネスでは得られない形で満たしてくれるのだ。

羊2匹
マルコ・ポーロ・シープ(写真=Fábio Olmos/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)