環境問題やサステナビリティといった「正しさ」だけでは、人は動かない。富裕層を突き動かしているのは、もっと本能的で抗いがたい魅力だ。富裕層マーケティングを長く手掛ける西田理一郎さんは「私がその『正体』を肌で理解したのは、熊料理と出会った瞬間だった」という。なぜ熊のローストや熊鍋のために、彼らは高額なお金を払うのか――。
都内にある熊料理店で提供されたツキノワグマの肉
筆者撮影
都内にある熊料理店で提供されたツキノワグマの肉

「話のネタ程度」と思っていたら、驚愕した

最近、某所で熊料理を食べる機会があった。知人の紹介でしか辿り着けない隠れ家だった。

正直に言えば、食べる直前まで半信半疑だった。「熊なんて、話のネタにはなるだろうが、味は二の次だろう」と。しかし、その浅はかな先入観は、最初の一皿で粉々に打ち砕かれた。

出されたのは、ヒグマのロースト。ナイフを入れると、抵抗なくすっと切れる。口に運んだ瞬間、驚愕した。臭みなど微塵もない。それどころか、ナッツのような香ばしさと、果実のような甘みが鼻腔を抜けるのだ。

「この熊は、最期にコクワの実を食べていたんですよ」

シェフの言葉に、背筋がゾクリとした。私が食べているのは、ただの肉塊ではない。この熊が生きた森の風景、季節、そして最期の瞬間の情景そのものなのだ。その圧倒的な「物語」を咀嚼した瞬間、私は言葉を失い、ただ深く頷くことしかできなかった。

同席した経営者たちも同様だった。普段は饒舌な彼らが、静かに食事に向き合い、そしてポツリポツリと、命や自然について語り始めたのだ。

「命そのもの」を食べる厳粛な時間だった

そして、待ちに待った熊鍋。

同席していた友人も、その場にいた他の客も、誰一人として言葉を発さなかった。ただ、静かに箸を動かし、時折ため息のようなものを漏らすだけ。店内には、炭が爆ぜる音と、鍋の煮える音だけが響いていた。

最後に、シェフが小さな椀を差し出した。

「熊の骨で取った出汁です。最後はこれで締めてください」