幸せになれる人となれない人の違いはどこにあるのか。福厳寺住職でYouTuberの大愚元勝さんは「幸せになれない人は、相手が自分よりも下であると見下したり、バカにしたりする。たとえば芸能人の不倫に怒る人は、落ち着いて自分を見つめ直したほうがいい」という――。

※本稿は、大愚元勝『自分という壁 自分の心に振り回されない29の方法』(アスコム)の一部を再編集したものです。

暗闇の中でスマートフォンを持つ手
写真=iStock.com/Marco_Piunti
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自己肯定感を無理やり高めることはできない

同じ言葉でも受け止め方によって、救われることもあれば、逆にストレスを感じてしまうこともあります。例えば、「自尊心(自己肯定感)」という言葉は、どちらかといえばプラスのイメージでとらえられることが多いでしょう。

最近は「自己肯定感を高めよう」ということがブームのようになり、逆に「自己肯定感が低い人は生きづらい」という風潮にもなっていました。書店には自己肯定感を高めるための本がたくさん並び、セミナーなどもあちこちで開かれていましたよね。

心理学の研究によると、自己肯定感には潜在的なものと顕在的なものがあるのだそうです。

「無意識のうちにある自己肯定感」
「自分が意識している自己肯定感」

ひと口に自己肯定感といっても、その性質には大きな違いがあったのです。

潜在的な自己肯定感と、顕在的、つまり表向きの自己肯定感の両方がつねに高い人は、仏教的にいえば心が非常に安定している状態です。

一方で、潜在的な自己肯定感が低いにもかかわらず、「自己肯定感を高く保とう!」と表向きの自己肯定感を強引に引き上げている人は自惚れやすく、俗にいうナルシストになりやすい傾向が見受けられます。

これ見よがしに「自分は自己肯定感が高い人間です」という振る舞いをするわけです。

自分に自信がないままではボロが出る

そのような人は、もし自分が傷つけられそうな出来事に遭遇したり、自分の評価が下がったりしそうになると、「私はすごいんだ!」「あの人よりも自分のほうが上なんだ!」という自己暗示のようなポジティブシンキングで、必死で自己肯定感を高く保とうとします。

要するに、自己肯定感が下がってしまうことを極端に恐れているため、意識的に表向きの自己肯定感を高めようとしており、無理をしてその努力をし続けている状態といえるでしょう。

これはかなり病的な行為といっても差し支えなく、どうしても自己防衛的になってしまいますので、やはり心身の健康が崩れやすくなります。

自己肯定感を高めようとする気持ちや努力は悪いことではありませんが、「人は無意識が9割」ともいわれるように簡単に人間の根底は変えられません。

つまり、いくら表向きに「自分はすごい!」「自分大好き!」と取り繕っても、潜在的な自己肯定感が低い、本当の意味で自分に自信がないままではボロが出てしまうということです。

例えば、表面的にはすごく明るくて、とにかく前向きなイメージがある著名人の方などが、メンタルを病んでドラッグに溺れてしまったり、最悪の場合には自ら命を絶ってしまったりする。

昨今では、そういった悲しいニュースも珍しくありませんが、おそらくテレビなどを通して私たちに見せている姿と本質的な自分の姿に大きな違いがあるのでしょう。