そもそも高賃金・高待遇が従業員満足につながっているかどうかも怪しい。興味深い例が、2011年3月に倒産したワイキューブだ。同社の安田佳生元社長は、利益を従業員に還元すればモチベーションが高まり、顧客サービスも向上するという考えのもと、賃金や福利厚生に資金を投下した。平均年収は2年かけて400万円から750万円にアップ。さらにオフィスにはワインセラーやカフェスペースを設置。入社2年目以降の社員は新幹線のグリーン車に乗れるルールもつくった。まさに至れり尽くせりだ。

しかし、効果はあがらなかったようだ。安田氏は著書に次のように書いている。

「社員にとっては、高い給料をもらえばそれがあたりまえになってしまい、ややもすれば『もっとほしい』と、欲望にはきりがなかった。年収1000万円もらっている社員でも、『これだけ稼いでいるのにこんなに給料が安いなら、独立します』といって離れていった社員もいた」(『私、社長ではなくなりました。』安田佳生著/プレジデント社刊)

この例を見るかぎり、高賃金・高待遇が従業員満足につながるとはいいにくい。感謝されるどころか不満のタネになるのだから、社長も立つ瀬がない。

もちろん逆に低賃金にすればいいという考えも短絡的だ。たとえ労使トラブルが起きなくても、人が辞めていくからだ。ではどうすれば従業員が定着し、トラブルも少ない職場をつくれるのだろうか。向井弁護士は、最後にこうアドバイスしてくれた。

「賃金は、相場を意識して常識の範囲内で設定したほうがいいでしょう。それでも不満が溜まるかもしれませんが、人間関係でつなぎとめていくしかない。ただ、人柄がよくて従業員と仲がいい社長ほどつけこまれる傾向があります。人間関係を築くといっても、使用者と労働者の線引きをしたうえでコミュニケーションするべき。人情味があるが、自分は使用者だという意識が強い親方タイプが理想的かもしれません」

※すべて雑誌掲載当時

(図版作成=ライヴ・アート)
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