誰でも受けられるダンスレッスンに行っても意味がない

最初のインタビューは、その7年前の2014年。彼女が3カ月の期間限定留学を終え、帰国直前の時だった。

この街のエンターテインメントを勉強しに来たにもかかわらず、ミュージカル鑑賞は1度もしていないと言う。クイーンズのドラァグクイーンショーや、ブロンクスのストリップショーなど、現地のニューヨーカー御用達のステージばかりに行っていたらしい。

たしかに今や、パックツアーにさえ組み込まれている観光客だらけのブロードウェイより、ローカルなアングラショーの方が貴重で刺激的なのかもしれない。

「そうなんですよ。有名ダンスクラスにも1回行ってみたんですけど、でも、ここ、お金払えば誰でも受けられるレッスンなんだよなぁって思っちゃって。

40人の生徒がすべて同じ振り付けを学ぶ様子を見て、日本の教室に行くのと変わらないんじゃないかなって。誰でも経験できることをアタシは経験しなくていいなって思ったんです。だったら、たとえばビヨンセのバックダンサーをやっていた人が、2日間だけ個人レッスン開きますよって聞いたら、そっちに行かせてください、みたいな」

「自分にしかできない経験をするしかない」

レギュラーだった『笑っていいとも!』の終了に合わせての留学だったとはいえ、当時、彼女は他にも7本以上のレギュラー番組を抱えていた超売れっ子。芸能界は熾烈な椅子取りゲーム。3カ月とはいえ、絶頂期にテレビから姿を消すことに躊躇はなかったのだろうか。

「このまま(キャリアを積ん)だとして、10年後、20年後、アタシは何をしてるんだろうって思っちゃったんですよ。芸人さんって、みんなそれぞれのキャラクターと面白さで勝負してるんだけど、それって“経験”からくるものだとアタシは思っていて。みなさんアタシより年上で、経験豊富で、そんな人たちと勝負するには、自分にしかできない経験をするしかないって思ったんです」

キャリアだけを計算すれば、このタイミングで空白を作ることは賢明ではないのかもしれない。でも彼女が選んだのは、日本で今主流の「コストパフォーマンスのよい生き方」より採算度外視の「自分の声」だった。

「結局……、やっぱり、行きたい、って思っちゃったんですよねぇ(笑)」

周囲が反対する中、理屈じゃない内なる声に従った。その結果、留学の経験が彼女の人生を大きく変えることに、当時の彼女はまだ気づいていなかった。