※本稿は、橘玲『バカと無知』(新潮新書)の一部を再編集したものです。
なぜ赤の他人の不倫に騒ぐのか
週刊誌には毎週、政治家や芸能人、著名人のさまざまなスキャンダルが載っている。明らかに法を犯しているものから好ましからぬ行状まで多種多様だが、共通するのは読者の怒りや批判を搔き立てることだ。
しかし考えてみると、これは合理的とはいえない。自分とはなんの関係もない赤の他人の夫や妻が不倫していても、そんなことどうでもいいではないか。
だが、そういうわけにはいかない。ヒトは長大な進化の過程のなかで、徹底的に社会的な動物として「設計」されてきたからだ。
人類にもっとも近い種は、チンパンジーやボノボ、ゴリラなどの類人猿だとされる。これは間違いではないものの、彼らは数百、数千あるいは数億の単位の集団をつくったりはしない。とてつもなく巨大な社会を形成することに注目すれば、人間は哺乳類よりアリのような社会性昆虫によく似ている。
進化の大半を占める旧石器時代には、人類は30~50人程度の小集団(バンド)で狩猟・採集生活を送り、150人を上限とする(誰もが顔見知りの)共同体(クラン)のなかで暮らしていた。こうした共同体がいくつか集まったのが最大で1500人ほどの部族(トライブ)で、この同族集団のなかで婚姻を行なっていたようだ。
集団で生き残るために生まれた“ある行為”
ヒトはアリと同じく、集団では大きなちからを発揮するが、一人ではきわめて脆弱だ。共同体から排除されることは、ただちに死を意味した。
だったら、いつも集団の最後尾にしがみついていればいいかというと、これもうまくいかない。ライバルと優劣を競い、すこしでも序列を上げないと性愛を獲得できないのだ。
このようにしてわたしたちの祖先は、深刻なトレードオフに直面することになった。
①目立ち過ぎて反感を買うと共同体から放逐されて死んでしまう。
②目立たないと性愛のパートナーを獲得できず、子孫を残せない。
わたしたちはみな、なんらかのかたちでこの難問をクリアした者の子孫なのだ。
いったいどうやったのか。それは、「目立たずに目立つ(自分を有利にする)」作戦だ。
噂話は、集団のなかで生き延びる強力なツールだ。面と向かって批判すれば紛争になり、最悪の場合、報復されて殺されてしまう。だが噂(「たまたま聞いたんだけど……」)によって悪い風評を広めるのなら、報復を避けつつ、ライバルにダメージを与えることができる。