著名人の過去の愚行を問題視し、公的な地位からのキャンセル(辞任)を求める「キャンセルカルチャー」が世界中で広がっている。作家の橘玲さんは「人間の脳は、他者への制裁に快感を得やすい。つまりこれほど魅力的で安価な『娯楽』はほかにない」という――。(第3回)

※本稿は、橘玲『バカと無知』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

指をさされ拒絶される人
写真=iStock.com/Pict Rider
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次々発生する「キャンセルカルチャー」の背景

東京五輪の開会式直前に、楽曲を担当するミュージシャンが過去のいじめ行為を理由に辞任、演出担当の劇作家が過去にホロコーストをギャグにしていたとして解任、さらには出演を予定していた俳優が、過去に障がい者を揶揄するコントを演じていたとして辞退する騒ぎになった。

それぞれ事情は異なるものの、過去の不適切な行為がネットで炎上し、公的な地位からのキャンセル(辞任)を求められることは、「キャンセルカルチャー」として欧米でしばしば問題になっている。

アメリカでは近年、SNSでの発言が「人種差別的」と見なされた高名な大学教授が学会からの除名を求められ、男女の性差についての(まともな)研究を引用してシリコンバレーに女性が少ないことを論じた従業員が、「性差別」として大手IT企業から解雇される事態が起きた。

米誌『ティーン・ヴォーグ』の編集長に就任予定だった20代の黒人女性が、10年前の学生時代にアジア系に対して差別的なツイートをしていたとして批判されたケースでは、2019年に謝罪したにもかかわらず、21年に炎上してキャンセルされている。

ヴォーグもこの事実を把握しており、「差別的ツイートに関しては、2年前にすでに謝罪し責任をとっている」と擁護したものの、ボイコット運動を恐れた広告主の出稿停止に耐えきれなかったようだ。

こうしたキャンセルカルチャーの背景には、世界的な「リベラル化」の大きな潮流がある。

ここでいう「リベラル」とは「この世に生を受けた以上、自分の人生は自分で決めたい」「自分らしく生きたい」という価値観のことで、1960年代末のアメリカ西海岸で生まれ(ヒッピームーヴメント)、エピデミックのようにまたたく間に地球上を覆い尽くした。

これはキリスト教やイスラームの成立に匹敵する人類史的な事件だが、わたしたちはいまだにそれを正しく認識できていない。