ノンアル飲料と料理とのペアリング

ここまでは、読者にとっては周知のことかもしれない。しかし、「ゲコノミクス」を提唱する藤野(注)によれば、ノンアルコール市場には別の拡大余地があるという。すでに図表1でもみたように、日本人の半数以上が非飲酒者である現状に対して、飲食業界が料理とのペアリングも考えたノンアルコール飲料の提案を増やせば、酒類の出荷金額3兆6000億円の約10パーセント、すなわち3000億円程度の市場規模になりうると、藤野は予測する。

注:藤野英人『ゲコノミクス 巨大市場を開拓せよ!』日経BP・日本経済新聞出版本部

代表的な事例として挙げているのは、代々木上原のフレンチレストラン「sioシオ」である。ここは『ミシュランガイド』で1つ星を獲得している。「sio」では、ワインのペアリングと同じ料金で、お茶をベースにしたノンアルコール飲料のペアリングを提供している(ただし、2022年現在では、アルコールのペアリングは2000円ほど高くなっている)。

さらには、カクテルならぬモクテル(mock〔似せた〕とcocktail〔カクテル〕の造語)を供するバーも誕生しており、コカコーラ・ボトラーズ・ジャパン株式会社も、飲食店向けモクテルのレシピの提案に力を入れている。これが奏功すれば、ノンアルコール飲料市場の拡大に寄与するであろう。

ノンアルコール飲料市場の拡大は、実は世界的な傾向でもある。調査会社statistaの推計によれば、世界のノンアルコール飲料の売上高は、2022年には1.65兆米ドルになるという。さらに、2026年までに年平均成長率6.33パーセントで増大する。また、売り上げの42パーセントが外食市場で占めるようになるとしている。

ノンアル飲料を含む選択肢の拡大とは

お酒を飲めない・飲まない人にとって、各種のノンアルコール飲料の登場は、選択肢が拡大しているという意味では、「自由」の拡大である。

ノーベル賞を受賞した、経済学者のアマルティア・セン(ハーバード大学教授)の言葉を借りれば、アルコール飲料という財が与えられたときに、その財の効果や副作用などの知識(これを「潜在能力」という)を用いて、多様な選択肢(決めたものを飲む、アルコール度数を選びながら飲む、お酒を飲まない)から選びうることこそが、「自由」の拡大であるという。

ここで、センの考えで重要になってくるのが、複数の財の特性を見抜く「潜在能力」である。それは、単に酒類の特徴のみならず、アルコールのもつ健康面への悪影響といった知識も含む。お酒は食事を美味しくし、コミュニケーションを円滑にする。だが、同時に依存性もある。そういう知識をもった上で、飲むか、飲まないか、を自ら決めうることが経済学からみた「自由」なのである(注)

注:都留康『お酒の経済学 日本酒のグローバル化からサワーの躍進まで』中央公論新社

その意味では、ノンアルコール飲料を含む選択肢が多様化することは、消費者にとっては自由の拡大という意味で歓迎すべきことであろう。