給餌用チューブを食道に通すのは緊張の瞬間

ミルクを給餌する際、気をつけなければならないのは、誤嚥させないようにすることだ。ある程度元気な個体であれば、口の中にチューブを滑り込ませるだけで、チューブは抵抗なく食道に入る。万が一、チューブが気管に入ってしまうと、反射的にむせて吐き出そうとするので、すぐに気づくことができる。そうでない個体に強制給餌をする時は、チューブが気管に入ってしまわないよう、細心の注意を払わなければならない。

また、元気な個体に給餌する時も、チューブをのみ込ませすぎてしまわないよう注意が必要だ。チューブが胃の中でグルグル巻きになり、万が一、胃の中で結び目ができてしまうと、給餌後に胃からチューブを引き抜くことができなくなってしまう。これを防ぐため、チューブを口の中に入れる前にアザラシの体にチューブを当て、胃に到達するまでのだいたいの長さを確認して、チューブに目印を付ける。これは、アザラシの口から前肢の先までの長さをおおよその目安としている。

人間の赤ちゃんと同様、余分な空気をのみ込ませないことにも気を配らなければならない。チューブの中をミルクで満たしてから口の中に入れ、給餌後はチューブの中に少量のミルクが残っている状態でチューブを引き抜くようにしている。

アザラシは本当に頭が良く、何度か給餌を繰り返すうちに、「このチューブをのみ込めば、おなかがいっぱいになる」と覚える。顔の前にミルクの入ったチューブを差し出すだけで、自らのみ込むようになれば、誤嚥の心配もなく、飼育員1人でミルクの強制給餌をすることも可能である。

ミルクの強制給餌は、ポンプを押す係とアザラシを保定する係りの2人で行う
写真提供=オホーツクとっかりセンター
ミルクの強制給餌は、ポンプを押す係とアザラシを保定する係の2人で行う

また、ミルクのチューブを自らのみ込む個体では、離乳時期を迎えると、顔の前に魚を差し出すだけでのみ込むことが多く、魚の強制給餌を必要とせずに、ミルクから魚へスムーズに移行できる。

魚を飲み込めないほど衰弱しているアザラシもいる

ホワイトコートが抜け始めている個体、もしくはすでに換毛済みの個体には、冷凍魚を解凍したものを与えている。

ミルクの時と同様、アザラシの背中にまたがり、下顎を支えて上を向かせる。口をこじ開ける時は、アザラシの歯茎のあたりを指で押すと、開けることが多い。

魚の強制給餌ではしっかり補綴してアザラシに上を向かせることがコツ
写真提供=オホーツクとっかりセンター
魚の強制給餌ではしっかり保定してアザラシの首を上に向かせることがコツ

魚をのみ込む力がないほど衰弱しているアザラシには、ホッケのミンチと経口補水液を混ぜたものをチューブで与えることもある。初めは、ミルク用のポンプとチューブでアザラシに与えようとしたが、ミルクよりも粘度が高く、ポンプを押すのが困難であった。経口補水液とミンチの割合を変え、何度も試した。水分量を増やせば、ポンプは押しやすくなったが、1本50㏄のポンプを使ったこの方法では、十分な量の魚を与えることができなかった。

そこで考えたのは、生クリーム絞り器を使った方法である。ホームセンターで生クリーム絞り器とその口径に合ったチューブを購入。医療用のチューブではないため、消化管粘膜を傷つけないよう、チューブの先端をライターの火で炙って丸くする。この生クリーム絞り器を使うことで、ポンプを使用していた時に比べて、はるかに効率が上がった。

専用の器具が手に入ればそれに越したことはないが、紋別という地域柄、インターネットで注文したものが翌日に手元に届くわけではない。今すぐなんとかしなければならない時には、すぐに手に入るものを工夫して使うのだ。

魚の強制給餌も何度も繰り返すとアザラシの方も覚えてくる。口をこじ開けなくても魚を顔の前に出すだけで口を開けるようになり、そのうち自ら魚に食いつくようになる。保定しなくても人の手から魚を食べるようになったら、あとはとにかく体重を増やすだけである。人の姿を見ると個室の手前に駆け寄ってきて、大きな声で鳴いて餌を催促するようになれば、一安心である。

なかには、個室の奥でじっとこちらの様子をうかがっており、魚を見せると初めて人に近づいてくるような、まったく人に懐かない子もいるが、いずれ野生に戻ることを考えると、それはそれで頼もしい。