溺れ死んでしまった2頭の保護アザラシ
ところで、私はこの10年間で2頭、保護アザラシの溺死を経験している。
「アザラシも溺れるの!?」と驚くかもしれないが、アザラシは私たち人間と同じ哺乳類である。いくら水中生活に適した体をしていても、肺で呼吸している以上、溺れてしまうことがあるのだ。
1頭は、水を極端に怖がる子だった。プールに水を入れると、なんとか水から逃れようともがき続け、陸上に上がれる水位になるとすぐにプールから上がってしまう子だったが、それでも低体温になることもなく、餌の魚はプールの中で食べていた。
水中飼育を始めてから7日目、その子がプール底に沈んで死亡しているのを発見した。発見の10分前までは元気に泳いでいる姿を確認しており、突然のことだった。
「アザラシなんだから水に入って当然」ではなかった
もう1頭は、水に入れると震えが見られ、とにかく泳ぐのが下手な子だった。潜るのが苦手で、ゴムボールのようにプカプカ浮いてしまうことが多かった。
通常は、日中の水中飼育を開始後、数日間かけて夜間も水中飼育へと切り替えていく。
水中飼育に慣れるまでは、飼育員の目が届かない夜間は排水し、スノコを敷いた陸上飼育に戻す。翌朝再びプールに水を溜める。日中の様子を見て、これなら大丈夫だろうと判断すると、夜間も水中飼育となる。
通常、1~3日間ほどで夜間も水中飼育へと切り替えられるのだが、この子はその切り替えに8日間を要した。そのくらい泳ぎに不安があった。それでも、徐々に水にも慣れ、水中で餌を食べられるまでに回復していた矢先、水中飼育開始から25日目にプールに浮いたまま死亡しているのが発見された。この子も発見の20分前までは、元気に泳いでいる姿を確認していた。
どちらの子も水を嫌がり、「自分は水中では上手く生きられない」とサインを出していた。しかし、私もその時はまだ「アザラシなんだから水に入って当然」と単純に考えていた。2頭とも溺死するにいたった原因はわかっていないが、もう少し慎重に水入れを行っていたら、もしかしたらあの子たちにも生きる道があったのかもしれない。
1頭目の子は、保護時にはすでに右目を失明していた。2頭目の子は、上手く潜ることができなかった。どちらも野生下で、自力で餌を獲るのは困難だったかもしれない。運良く人に発見されて、取り留めた命だったと思うと、とても悔やまれる。