※本稿は、稲垣栄洋『生き物が老いるということ』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
目覚ましい発展を遂げているAI
最近では、人工知能(AI)の発達がめざましい。ついには、人間に勝つことはありえないと言われた囲碁や将棋の世界でも、人間を打ち負かすほどになってしまった。
それを可能にしたのが、AIの「ディープラーニング」である。
それまでは、人間がAIに将棋を教えていた。たとえば、人間が作り出した最高の囲碁や将棋の定石をコンピューターにインプットしていくのである。
定石というのは、それまでの研究によって、「こういう場面では、これが最善手である」と定められた法則のようなものである。しかし、これでは、コンピューターが人間よりも強くなることはない。
現在では、コンピューターは、自分を相手に対局を繰り返していく。コンピューターの計算速度であれば、これまで人類が経験したことのないような数の膨大な対局が可能となる。そして、その経験の中から、その場面の最善手を導くのである。これが「ディープラーニング」である。
膨大な情報量と経験によって、AIは力を発揮するようになったのだ。
AI同様哺乳類の年長者も膨大な知識量と経験を持つ
哺乳動物の知能も同じである。
正しい答えを導くためには、膨大な「情報」が必要となる。そして、その情報を元に成功と失敗を繰り返す「経験」が必要である。
何もインプットされていないコンピューターが、ただの箱であるのと同じように、何の情報も持たない知能は、まったく機能しない。もし、知識も経験もない赤ん坊であれば、水面とブルーシートの区別ができずに、池に落ちてしまうかもしれない。
私たちが「水面とブルーシートはまったく違う」「説明できないが、違うものは違う」と正しく判断できるのは、じつはこれまでの人生の膨大なデータと経験から導かれている。
知能を正しく使うには、知識と経験が必要である。
そして、その知識と経験を誰よりも持っているのが、私たち哺乳類の年長者なのである。