「現職の総理に、こんな愛妻家がいるのか」
安倍晋三元首相が奈良県で暗殺された事件は、私個人としても衝撃的だった。
これまで私は、本欄や自分のメールマガジンでも、安倍政権の政策や安倍氏の言動を批判してきた。正直にいえば、政治家としての安倍氏を評価していない。
それ以上に許せないのは、安倍氏が関わったとされる森友・加計問題をフェイクニュースと断じたり、安倍氏の友人とされるジャーナリストにレイプをされたと民事裁判で認められた伊藤詩織をおとしめるような発言を繰り返したりする、安倍氏の取り巻き論壇人たちの存在だ。
しかし、人間としての安倍氏は別だ。
数度直接会ったことがあるが、政治家の中でもっとも気さくで私のような無名の文化人にも腰が低く、育ちのよさを感じさせる人だった。ワイン好きな昭恵夫人には私が開いたワイン会に何度もおいでいただいたが、夜11時ごろを過ぎると、安倍氏が心配して電話をかけきた。「現職の総理に、こんな愛妻家がいるのか」。そんな不思議な感銘を受けたものだ。
政治家らしからぬ愛嬌のある人だったので、突然の死が残念でならない。だから、山上容疑者は許せないし、警察の警備の怠りにも憤りを覚える。
報道によれば、今後、容疑者は精神鑑定も受けるという話なので、あまり軽々しいことは言えない。だが、動機はかなりありふれた「報復・怨恨」になるだろう。これは「憤懣、激情」に次いで、ほとんどの年齢で、殺人事件の動機の2位にあたるものだ。この事件の場合は、憤懣・激情の要素も強そうだ。
ただ今回の事件の場合、元首相は容疑者の直接的な怨恨の対象ではない。怨恨の対象は、多額の献金で家庭を崩壊させた母親が入信していた旧統一教会で、元首相はその教団関連団体に宛てたビデオレターに出演していた。
週刊誌報道では、怨恨の対象との親密な関係が(どの程度の根拠があるかは別として)何度も報じられていたこともあり、その恨みが妄想とは言い切れないように思える。容疑者は教団の宣伝塔に映った人間を殺害した構図のようだ。