ネグレクトのサバイバーにしばしばみられる複雑性PTSD

『週刊新潮』(7月21日号)を読むと、容疑者の激しい恨みは、悲惨な生活を余儀なくされたことによる点が大きいことがわかる。この宗教に彼は人生を大きくねじ曲げられたことは間違いない。

同誌にはおおよそ次のようなリポートが掲載されている。

彼(容疑者)の父親は京都大学を出て、祖父の経営する会社の取締役にまでなった優秀な人だったが、母親が別の宗教にのめりこんだことを苦にして自殺する。その後、母親が統一教会に入信し、熱心な信者になると、家をあけることが多くなり、実質ネグレクト状態になる。伯父に「食べるものがない」と幼少期の容疑者は電話をかけることが多かったらしいが、冷蔵庫の中には食料品は何もなかったことが頻回にあったそうだ。

廊下に座り込み、泣いている男の子
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それでも快活に学校に通っていたが、おそらく経済的なことだけでなく、精神的にも彼の支えになっていた祖父が他界すると生活は暗転する。母親は祖父から相続した土地を売り払い、さらに自分が引き継いだ祖父の会社を破産させてしまう。

ここで将来を悲観したのか、自衛隊に入隊していた任期中に自殺未遂事件を起こしている。さらに今から7年前に兄が病を苦にして自殺しているが、これだって母親の宗教のために経済的に破綻しているという要因がなければ自殺にならなかった可能性は小さくない。

もちろん身内の自殺は、多くの人にとって相当強いトラウマになるのだが、このような単発的なトラウマだけでなく、母親によるネグレクト状況が続けば、児童虐待のサバイバー(虐待されたのちも生き延びて社会に出ている人たち)にかなりの頻度でみられる複雑性PTSDに陥る可能性は高い。

この複雑性PTSDは、単発性のトラウマと違い、反復性のトラウマによってパーソナリティの変容などが生じるかなり重い心の病だ。

昨秋、小室圭さんと結婚した秋篠宮眞子さまが、社会からの批判によって生じる複雑性PTSDだと診断して公表した精神科医がいた。だが、批判レベルで心を病み、うつ状態に陥り、最悪、自殺することもあるものの、そういう症状は複雑性PTSDとは言わない。

その医者は「批判がおさまれば速やかに回復する」と言ったが、虐待を受けてきた人が虐待する親から離れて、それを受けなくなったからといって回復することはない。環境が変われば回復するのであれば、複雑性PTSDでなく、おそらく適応障害である。

複雑性PTSDの悲劇は、その後、さまざまな精神症状に苦しめられ、社会適応が困難だということだ。就職や結婚が長続きせず、生活困難に陥る人が多い。とくにアメリカでは児童虐待が発見されると親元に原則返さないのは、ある一定の確率で、この手の複雑性PTSDが生じてしまった人がその後に重大犯罪を犯す危険があるからだ。

実際、日本でも2004年の大阪教育大学附属池田小学校事件(児童8人が死亡、教員を含む15人が重軽傷を負った)の犯人や、1999年に山口県の母子殺害をした少年が、虐待サバイバーだったことが知られている。