北欧フィンランドのサンナ・マリン首相は36歳の女性だ。マリン首相は自身のキャリアについて「レジ係でも首相になれるフィンランドを誇りに思う」と公言している。ライターの堀内都喜子さんは「彼女はまさに『フィンランド・ドリーム』を体現している」という――。(第1回)

※本稿は、堀内都喜子『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

イタリアのマリオ・ドラギ首相とフィンランドのサンナ・マリン首相は、イタリアのローマにあるキージ宮殿での会談の後、共同記者会見を行った=2022年5月18日
写真=AA/時事通信フォト
イタリアのマリオ・ドラギ首相とフィンランドのサンナ・マリン首相は、イタリアのローマにあるキージ宮殿での会談の後、共同記者会見を行った=2022年5月18日

幼い頃に両親が離婚、同性カップルに育てられた

2019年12月、「フィンランドで34歳の女性首相誕生」というニュースが世界を駆け巡った。新しい首相の名はサンナ・マリン。当時、世界最年少の首相で、女性。彼女の人となりを報じるべく、数百件ものインタビューリクエストが殺到した。

彼女の政治家としての経歴を語る前に、まずはその生い立ちを簡単に紹介したい。1985年に首都ヘルシンキで生まれ、幼い頃に父親のアルコール問題で両親が離婚。その後父親との交流はほとんどなく、母は同性のパートナーと一緒になり、地方都市タンペレ近郊の公営賃貸住宅に3人で移った。

マリンはいわゆる「レインボーファミリー」(子どもがいる同性カップル)の出身だ。母親は幼い頃、養護施設で育った経験を持っており、高等教育を受けたことはなく、様々な仕事を転々としていた。失業していた時期もあり、決して経済的に豊かな家庭ではなかったという。親戚も様々な問題を抱えている人が多かった。マリンは家族の中で初めての高校卒業資格保有者になった。

裕福な政治家一族出身という日本のイメージとは真逆

ここまでの情報で既に驚いている人も多いと思う。日本で首相というと、親も政治家だったり、経済的に豊かな家庭で育ったり、というイメージで語られがちだが、それとは真逆といっていい。フィンランドでは教育は大学院まで無料で、児童手当や単親家庭への支援、低所得者向けの様々な手当があるため、経済的な事情で進学の道が閉ざされることはない。子育てについても支援は手厚い。

小中学生の頃には政治家は遠い存在で、マリンは自分が政治に関わりたいとも思っていなかったという。決して勉強が好きなわけでもなかったようだが、高校生になると勉学に励むようになった。だが、高校卒業後すぐ大学に進んだわけではない。自分のやりたいことが具体的には見えていなかったので、店のレジ係として働いたり、時には失業手当を受けて生活したりしていた。

そんな中、「失業中の若者には、わずかでも給料のもらえる仕事が一時的に必要で、それがあれば社会を信じることができる」と考えるようになり、行政学を学ぶことを決意して、地元のタンペレ大学に進学する。