総合病院から大学病院へ

髄膜炎かどうかの結果が出る日。庄司さんは、登校前の息子に手伝ってもらい、妻を病院に連れて行った。しかし主治医は、「髄膜炎ではありませんでした。また12月に来てください」と定型句を投げかける。

庄司さんは、自分の耳を疑った。8月からずっと「異常なし」と言われ続け、妻の症状はどんどん悪化。もう素人目に見ても、「異常なし」なわけがないと思っていた。

「立てなくなって、オムツまでしているのに! 何とかしてください!」と庄司さんが言うと、医師はようやく、「では、大学病院を紹介しますか?」と言った。

庄司さんは、「紹介できるなら早く紹介しろよ」と思いつつ、「お願いします」と返答。

11月。紹介状を手に、車で2時間ほどの大学付属病院の神経内科を受診。脳のレントゲンや血液検査を終えると医師は、「ベッドが空き次第、すぐに入院してください」と言う。庄司さんは「やっぱり!」と思うとともに、とりあえずようやく何らかの病気であることが分かり、安堵を覚えた。

脳生検手術と免疫治療

11月末。妻が大学病院に入院。

入院すると妻は興奮し、体を左右に動かす不随意運動をするように。しかし、1週間ほどで首を動かす程度に落ち着いた。

大学病院の主治医は、妻が「脳炎」であるか、「腫瘍」であるかを調べたいという。脳炎なら、自己免疫で炎症を起こしていて、腫瘍なら、悪性リンパ腫の疑いがあるとのこと。妻のMRIを見ると、脳の中心に近い部分と、脊髄の中(首、背中の部分)の広範囲が炎症を起こし、白く写っていた。炎症は徐々に広がっており、ステロイドで抑えられるものの、病気が腫瘍だった場合、一時的には小さくなるが腫瘍は残るため、ゆくゆくは命を奪うことになる。そのため、リスクはあるが、脳生検手術(手術で脳の一部を取り出して検査する)を受けた結果、「腫瘍ではない」と判明。

2019年1月。「脳炎」としてステロイド治療を行うことになり、わずかだが効果が出てきたため、病名は「自己免疫性脳炎の疑い」となる。しかし、治療の効果は芳しくない。主治医は再び腫瘍を疑い始め、「遺伝が原因の場合は、治せないかもしれない」とも言った。

病院のベッドから吊り下げられた尿袋
写真=iStock.com/gece33
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その頃、妻は話すことも、食物を飲み込むこともできなくなり、経鼻経管栄養を施された。また、主治医から延命治療についての話があり、庄司さんは、「回復の見込みがあればしてほしいが、ないならそのあたりまでにしてください」と答えた。

この頃、庄司さんは、「次来たときは、妻が目を開けないのではないか?」と不安だったという。庄司さんや子どもたちは、これまでにないほどに、妻に懸命に話しかけた。

その数週間後、妻の認知機能に改善が見られる。主治医の話では、口に食べ物を入れてみると、飲み込む様子があるという。

2019年3月。主治医は、血液の免疫の成分を培養して点滴で入れる「免疫グロブリン」という治療を始めたいと庄司さんに持ちかけた。本来、保険適用外の治療だが、保険が適用されるとのこと。しかし、もしその治療で後遺症などが出ても、それは保証されないとの説明を受けた。庄司さんは、できることはやってもらいたいと思い、その治療に同意した。