子供が突然「ニワトリを飼いたい」と言い出したら、何と答えるか。長崎市に暮らす写真家の繁延あづささんは、ある日小学校6年生の長男に「ゲーム買うのやめるからさ、その代わりニワトリ飼わせて」と持ちかけられた。親子に何が起きたのか――。

※本稿は、繁延あづさ『ニワトリと卵と、息子の思春期』(婦人之友社)の一部を再編集したものです。

3羽のニワトリ
筆者の家で飼育されていたニワトリたち(画像=『ニワトリと卵と、息子の思春期』)

「お母さんがなんと言おうと、オレは放課後ゲームを買いにいく!」

わが家にはゲーム機がなかった。「友だちが持っているから買って」と言われても、面倒が増えると思い取り合わなかった。いつもそんなふうにやり過ごしていた。それがこの夏、小6の長男と小4の次男とゲーム機について言い争ううちに、長男の方が「納得できない!」と言い返してきた。

翌朝彼は、「お母さんがなんと言おうと、オレは放課後ゲームを買いにいく!」と言い放ってから学校に向かった。乱暴に閉められたあとの玄関は静まり返っていたけれど、私の胸はうるさいくらいにドキドキしていた。なんだかとてもイヤな感じがして。

考えてみれば、確かに親が反対しようとも、お金さえあれば子どもでもゲームは買えてしまう。もちろんそれは、いままでだってそうだったはず。それなのに、初めてそのことに気がついた。状況は変わってない。変わったのは息子だった。これまで、“お母さんに同意されたい”という子どもの気持ちを、ずっと利用してきたことに気づかされた。そうした気持ちがなくなってしまえば、親の意向など何の効力もない。堂々とそこを突かれたことが、腹立たしくて、悔しくて、不安だった。

“このあと私はどう母を続ければいいのだろう――”

仕事現場へと車を走らせながら私は考えていた。長男にはいままでのやり方ではもう通用しない。それはわかった。けれど、そうかといって、帰宅してゲーム機を買ってきた彼と顔を合わせたとき、私は何と言えばいいのだろうか。帰宅するのが億劫おっくうになってきた。

大家さんプレゼン用に作った「にわとり飼育計画書」

夕方、仕事を終えて帰ろうとしたら長男から電話が入った。出ると、突然「ゲーム買うのやめるからさ、その代わりニワトリ飼わせて」と言ってきた。え、なに⁉ ニワトリって……。まったく予想外の展開で、返答に詰まった。というか、こんなの即答できるわけがない。

でも思い当たることはあった。数日前に私が図書館で借りてきた『ニワトリと暮らす』(和田義弥著 今井和夫監修 地球丸刊)という本。おそらく、あれを読んだのだ。パラパラとめくり、おもしろそうだと借りてしまったのは私だった。自分が蒔いた種。返す言葉が浮かんでこない。とりあえず、矛先を変えるように「ニワトリ飼うなんて、大家さんが許可しないよ!」と言い返してみた。

家に帰ると、机の上に手書きの〈にわとり飼育計画書〉なるものが置いてあった。隅っこには小さく〈飼いたい理由 卵がとれるから〉とまで書いてある。まずい。展開が早すぎて、こっちがどう出るか考えるヒマもない。どうやら長男は大家さんにプレゼンするつもりらしい。パラリとめくって中を見ると、問題点を書き出したり、解決案や小屋の設計図を描いていた。面倒なことになった。

ニワトリなんてペットでもないし、しつけも無理だろう。うちは住宅地にあるわけで、朝からコケコッコー! なんて近所迷惑もいいところ。生まれ育った地域ならまだしも、6年前に東京から引っ越してきたわが家としては、せっかく築いてきたご近所との関係を壊すわけにはいかない。