野村克也さんが感情を露わにする姿は珍しい。だから、教え子たちの前で人目も憚らず涙を流した時、みな驚き絶句したという。名将が目頭を熱くした瞬間とは。野村監督の番記者だった加藤弘士さんの著書『砂まみれの名将 野村克也の1140日』(新潮社)より紹介する――。(2回目)
社会人野球の監督を退任し、プロ野球・楽天の監督に
2005年、師走。
野村はプロ野球界に戻った。
12月2日には仙台市内のホテルで楽天監督の就任会見に臨んだ。3年契約で契約金1億円、推定年俸1億5000万円。会見場には130人もの報道陣が集結した。あまたのフラッシュに照らされながら、弱小球団の再建へ、眼光鋭く40分にわたって意欲を語った。
「年齢も年齢で、おじいさんの年代に入ったから、思い切ったことができるんじゃないか。万が一、失敗しても失うものは何もない」
「他球団では一からだが、今回はゼロから。苦労するのは予想がつく。私は弱小球団、最下位のチームと縁がある。南海、ヤクルト、阪神と弱い球団ばかりだったから、弱者の戦略は染み付いている」
「選手に厳しくなることは当たり前。タレントじゃないから、茶髪、長髪、ひげは認めない。お坊さんが修行するように、頭を丸めるぐらいの気持ちで来てほしい。不平不満は結構。それをぶつけるところさえ間違わなければ、エネルギーになる」
新興IT球団とプロ野球界のオーソリティーともいえる名将との掛け算は、魅力的だった。何でも記事になった。
「ノムさん清原獲り」
「ノムさんがロジャー・クレメンスへラブコール」
「ノムさんがメッツ・石井一久逆転獲得へ秘策アリ」
新天地での野村は舌もなめらかだった。楽天の番記者にはリップサービスを惜しまなかった。シーズンオフのネタ枯れの時期。スポーツ各紙はその一挙手一投足を報じた。
シダックス会長による送別会で起きた“ある出来事”
監督就任会見から1140日。
シダックスに別れを告げる日がやってきた。