あっという間に演奏できるようになる

一方、同社のデジタルサックスを「ある種、男性の変身願望を満たす『魔法の杖』と言えるかもしれません」と話すのは、同B&O事業部でマーケティングを担当する玉井洋行さんです。

ヤマハ B&O事業部玉井洋行さん(写真提供=ヤマハ)
ヤマハ B&O事業部 玉井洋行さん(写真提供=ヤマハ)

「デジタルサックスは、アコースティックサックスと形状や素材が同じマウスピースやキー配列を採用したほか、アコースティック特有の響きや振動を感じながら演奏できるシステムを取り入れました。そのため、これまで『サックスを演奏したいけれど自分には無理』だと諦めていた人も、まるでアコースティックサックスを演奏しているような一体感が、すぐに味わえるはずです」(玉井さん)

ゆえに、アッという間に「なりたかった自分=意のままにサックスを演奏できる自分」へと変身できる「魔法の杖」だと感じてもらえるのではないか、といいます。

ちなみに、玉井さんいわく「サックスらしさとはなにか?」をアンケート調査で調べたところ、「ジャズ」のイメージとの親和性が高かったとのこと。若いころ聞いたジャズの繊細なサックスの音色に感動し、「いつか自分も演奏したい」と夢を抱いてきた男性も多いのではないでしょうか。

日本だけではありません。同デジタルサックスは、欧米やアジア諸国でもグローバルに販売展開され、世界各国で順調すぎるほど売れているそうです。

ある海外の専門ディーラー(サックス界のプロフェッショナル)は、自身のユーチューブで「まさに“ゲームチェンジング”な(社会を変えるほど画期的な)商品だ!」と絶賛したそうです。それだけ見た目も音色も触覚も、インパクトが強かったのでしょう。

開発エンジニアの苦労

もっとも画期的な商品だけに、「開発段階では、それなりに苦労もあった」と宮崎さん。

その一つが、「エンジニア」と呼ばれる開発者と「評価者」と呼ばれるプロのサックスプレーヤーとのやり取りです。

デジタル化に向けては、評価者(プレーヤー)が「こんな感じ」だと評するサックス特有の音色や音の強弱を、エンジニアがデジタルの数値に落とし込まねばなりません。

「ところが、評価者たるサックスのプロは、自身の国や文化、あるいは“サックス吹き”ならではの言葉遣いや表現法で『こんな感じ』を伝えようとするので、数値化するまで何度も何度も、議論を重ねる必要がありました」

一方で、困難な商品開発だけに、「会社にとっても大きな収穫があった」と宮崎さんは言います。

それが、デジタルサックスの開発を契機とした、自社の強みの「棚卸し」。

先の通り、サックスをデジタル化するうえでは、まず開発者(エンジニア)だけでなく協力を仰げるプロの評価者人脈をどれだけ持っているか、あるいは彼らの声を具現化できる研究、設計、調査関連スタッフの有無など、「人」が大きなカギを握ります。

また、まったく新たな視点で描いた「設計図」を現場で量産するためには、外部からの部品調達も含めた多様なモノづくりを可能にする体制や、完成品をグローバルに流通・販売できる幅広いチャネル(サプライチェーン)なども重要です。

ヤマハではサックス以前にもさまざまな楽器を電子化してきた。写真はサイレントギター™。(写真提供=ヤマハ)
ヤマハではサックス以前にもさまざまな楽器を電子化してきた。写真はサイレントギター™。(写真提供=ヤマハ)

「サックス以前に、ピアノやバイオリン、ギターなど、さまざまな楽器を電子化してきた自社の強みをサックスに応用できないかと、今回改めて見直すことで『棚卸し』につながりました」(宮崎さん)

デジタルサックスの開発過程では、「この土(市場)にどんな種をどう植えれば花が咲く(実現できる)のか」を、過去の豊富なエレクトリック実績からひもといた。それによって、「うちの会社は、この部分にも強みがあるんだ」と気づけたといいます。

宮崎さんたちが実感・実践した新たなモノづくりの考え方こそ、まさにアメリカの経済学者、デビッド・J・ティースが「ダイナミック・ケイパビリティ」と呼ぶ、企業の重要な能力です。